12 追憶 Ⅲ《クロード視点》
誰も。誰も誰も誰も。自分がやっている事がどういう事かを理解していない。
「お前はこれから聖女になるというのに、どうしてこんな簡単な事もできないんだ!」
「今までの聖女はこんなもの三十分で形にしたぞ!」
「……ッ」
罵倒が飛び交った。
罵倒が飛び交った。
罵倒しか飛び交わなかった。
分かっている。
確かにクレアの力はこれまでの聖女よりも劣る。
それは聖魔術に詳しくないクロードでも良く理解できて、それが国防の要なのだから、強い言葉が出る心理は理解できる。
だけど……だけどだ。
涙ぐんで必死に鍛錬をする、これから自分達が縋っていかなければならない少女に対し、そんな行為を繰り返すだけ。
だれも少しだけでも前進したクレアを褒める事も無く。
頑張ろうとしている彼女の姿勢を肯定する者も無く。
ただ、強い言葉を浴びせるだけ。
それがどれだけ愚かしい行為なのか分かっているのだろうか。
「……すみません」
それでも折れずに頑張っているクレアがどれだけ強いのか。
彼女を取り巻く人間の内の誰か一人でも分かっているのだろうか。
(誰も……何も分かっていない。クズしかいない)
きっと、クレアの周囲でこの状況がおかしいと理解しているのは自分しかいない。
「……ッ」
……といっても、結局ただ見ているだけで何もできない自分も同罪だとは思ったが。
(……どうすればいい)
見ていられなかった。
だけど見ている事しかできなかった。
(俺はどうすれば……)
別に自分はこの中で強い立場の人間ではない。
そんな自分がこの歪な状況に割って入った所で、まず聞き入れられない。
それどころか、自分がクレアの担当から外される可能性が高かった。
……もしも自分以外の誰かが担当を変われば、この罵詈雑言が四六時中の物に変わってしまうと思った。
だから助けられなかった。
……そういう事を理由に助けなかった。
だから自分が支えると意気込んで聖女の執事になったのに。
「……すみません、聖女様。俺が付いていながらあんな事に……ッ」
結局クロードにできた事は、後で二人になった時に何もできなかった事を謝るだけだった。
不甲斐ない。
情けない。
ろくでもない、どうしようもない無能。
自分を罵倒する言葉を抑えられなくて仕方がない。
だけどクレアは言う。
言ってくれる。
「いいよ。分かってるから……クロードだけは私を見る目が違うって事は。今こういう事を言ってくれるような、私の味方だって事は」
「……聖女様」
「ちゃん理解してくれる人がいるってのは、思った以上に気持ちが楽になるんだ。ありがとう……クロード」
「……ッ」
クレアが言ってくれた事は、何もできない自分を肯定してくれるような事で。
一人で勝手に追い詰められていた自分の心を救ってくれたような気がして。
そしてきっと受け入れてはならない言葉だと、クロードは思った。
(……違う)
自分はまだ礼を言われる事なんて何もやっていない。
自分はまだ他の皆が放棄した当たり前だと思う事をやっているだけで。
……そんな事で褒められるような。
そんな事をしただけの相手にそんな言葉を掛けるような。
こんな最悪な現状を肯定してはならないと、そう強く思った。
だから……こんな所で立ち止まってはならないと思った。
(……なんとかする)
一つ、予想というより確信がある。
このままではこの先、目の前のクレアという聖女の少女には、これまで自分が想定してきた以上の苦難が待ち受けている。
多分これまでの聖女のようにうまくはいかない。
そんな彼女の立場がどうなるのかは、今日一日だけでも強く理解できた。
……だから。
(何とかするんだ……変えるんだ、この状況を)
何をどうすればいいのかは分からない。
闇雲に走る事しかできない。
それでも……それでも。
目の前の頑張っている女の子が不当な評価を受け続けるこの歪な環境だけは、絶対に変えなければならないと思った。
結局何も変わらなかったのだけれど。
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