17 追憶 Ⅷ《クロード視点》

 今回呼び出されたのはクレアだけだ。

 クロードに謁見の間へ立ち入る権利は無い。

 故に謁見の間へ入っていくクレアを見送った後は、外で待機となった。


 ……いつでも動けるよう、周囲に警戒されぬように臨戦態勢を整えて。


(……よし、無事上手くいった)


 外に居れば視覚情報も得られなければ、ろくに会話も聞こえない。

 だからこそ打った対策。


 視覚と聴覚のジャック。


 今日あの場に立つ近衛の一人にその魔術を行使した。

 クレアの執事になってから覚えた魔術の一つだ。

 効果範囲は広くは無いが、部屋の中と外程度なら十分どうにかなる。

 これで中の状況を探る。

 そして場合によっては助け出す。


 その覚悟でクロードはそこに立つ。


 だが結局、謁見の間での話はクレアの国外追放という最悪な結果と比べれば比較的穏便な形で事が済み。

 クレアは沈んだ表情ではあるものの、五体満足で謁見の間から出てきた。

 出てきてくれた。


「お疲れ様です、聖女様……いや、今は元聖女様とでも呼んだ方がよろしいですか?」


「……聞いてたんだ」


「耳が良いんで」


 本当はそんな理由ではないけれど、そう答えておく。

 そしてそう答えながら、目の前のもう聖女ではなくなった女の子をなんて呼べば良いのだろうと思った。

 自分で行っておきながら、流石に元聖女様は無い。

 ……ああそうだ。その辺りは早急に決めなければならない。


「そっか……うん、呼び方なんてどうでも良いよ。私とクロードの関係もこれまでなんだから」


「そんな寂しい事言わないでくださいよ元聖女様。俺はまだあなたの執事なつもりなんですから」


 自分はこれからもクレアと関わっていくつもりなのだから。

 そしてとりあえずの呼び名は決めた。

 正直今更普通に名前を呼ぶのも気恥ずかしさがあって。

 そしてこれからもせめて自分だけは味方で居るんだという事を。

 執事として支えるんだという事を伝えたかったから。

 それらしい呼び名。

 拒否されるかもしれないが、クロードはそれを口にする。


「いや、やっぱ元聖女様は言いにくいな。よし、じゃあこれからはお嬢なんてどうでしょう」





 それから少し恥ずかしい事も言いながら、クレアに着いていく旨を伝えた後、国家執事を止めるという話の通り、その後すぐに辞表を提出。

 元より有事の際に自分の代わりを勤められる人間は用意されていて、そしてクレアの肩を持つ自分の事はあまりよく思われていなかったのかもしれない。

 辞表はあっさりと受理された。


 それからは身支度だ。


 この先の最低限の準備は既に整えてある。

 最悪の事態は常に想定していた。

 想定せざるを得なかった。

 だからあまり大がかりな支度はなく早々とやるべき事を終え、クロードはクレアの元へと向かう事にした。

 ……その途中でだ。


「あら。これはこれは」


 再び新しい聖女と鉢合わせた。

 ……もう自分はこの国を出ると決めた人間だ。

 それでも人として最低限のモラルとして、この位は言っておくべきなのだろうなと思う。


「……これからこの国をよろしくお願いします」


 だから気が付けばもう殆ど残っていなかったような、そんな感情を口にする。

 すると新しい聖女は言った。


「もうそんな事は欠片も思っていない筈なのに。律義で良い人なんですねあなたは。私の執事になってくれなくて残念です」


「……ッ」


 こちらの心情を見透かすような目線と言葉。


(……悟られてる。本当になんなんだこの人は)


 あらゆる事が謎に包まれている。

 どこから来たのかも。何故皆があっさりと受け入れたのかも。

 どうしてほぼ初対面に近いような相手の心情を正確に読んでいるのかも。

 そして態々その事実をこちらに突き付けてきた理由も。

 何も何も分からない。

 分からないが、それでも一つだけ確信が持てた事がある。


「でもあなたはそれでいい。あなたがちゃんと元聖女ちゃんを選んでくれてよかった」


「……」


 意図も何も分かったものでは無いが、彼女の口から発せられる言葉には一切の悪意は感じられない。

 今まで自分の周囲を埋め尽くしていたような悪意が、微塵にも感じられないのだ。

 そして困惑するクロードに、助言するように彼女は言う。


「とりあえず執事君に忠告……いや、アドバイスをしておきますね」


「……アドバイス?」


「振り返るな。振り返らせるな。聖結界の外に出たら此処ではないどこかへ真っすぐ向かう事。間違っても戻ってくるような真似はしないようにしてください」


 何故とは聞かなかったし、そもそも戻ってくるつもりもない。

 戻りたくないし、戻れない。

 クレアはもうこの国に居られないのだから。

 だから言われたのはそんな当たり前の事。

 そして悪い見方をすれば、新しい聖女にとって邪魔でしかないであろうクレアを遠くに行かせるための方便にも聞こえるような、そんな言葉。

 ……だけど。


「ご忠告、感謝します」


 それはどこか善意で告げてくれたアドバイスのように思えた。


(……本当になんなんだこの人は)


 考えても答えが出る訳が無くて。

 そして答えを出す必要も無い。

 きっとこれから先、自分達の人生に関わってくる事が無いであろう相手なのだから。


 そしてクロードは軽く会釈をした後、クレアの元に足取りを向けた。




 そしてそれからクレアと共に旅立ち。

 ……クロードの意識は今へと戻ってくる。

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