2 執事と一緒に国外へ
「お疲れ様です、聖女様……いや、今は元聖女様とでも呼んだ方がよろしいですか?」
「……聞いてたんだ」
「耳が良いんで」
「そっか……うん、呼び方なんてどうでも良いよ。私とクロードの関係もこれまでなんだから」
謁見の間を出てすぐに、待ち構えるように執事服を身に纏った長身の青年が立っていた。
クロード・エルメルド。
聖女だった私に専属で仕えていた執事だ。
彼との関係性も今日で解消。
彼はあくまで国に仕えて聖女の担当として配属されているだけにすぎず、聖女の任を解かれた今は書類上、あの新しい聖女の執事という事になるのだろう。
「……」
それだけが唯一の心残りというか、胸がモヤモヤする事柄だった。
クロードはいつも私に優しくしてくれたから。
色んな人に悪意を向けられて訳が分からなくなってくるけれど、それでも彼が向けてくれた優しさは本物だった気がするから。
そんな彼をこの危険な状態の国に残していっても良いのかという事と。
……そして。
クロードがあの新しい聖女の隣に立っているのを考えるのが、なんか嫌だ。
でも、嫌だけど……仕方ない。
私は元々聖女に選ばれただけの平民だったのだから、今の私は執事なんて役職が隣に立ってくれるような大層な人間じゃないから。
私が聖女であるという事だけが、クロードが隣に居てくれる理由だったから。
……その筈なのに。
「そんな寂しい事言わないでくださいよ元聖女様。俺はまだあなたの執事なつもりなんですから」
クロードはそんな言葉を掛けてくれた。
そんな……これからも私の執事を続けるつもりというような、あり得ない事を。
「いや、やっぱ元聖女様は言いにくいな。よし、じゃあこれからはお嬢なんてどうでしょう」
「あ、いや、ちょっと待って。ちょっと待ってクロード!」
「どうしましたかお嬢」
「お嬢って……いや、呼び方はともかく……え、何? 私もう聖女じゃないんだよ? 聖女に選ばれる前の平民どころか、もう国民ですらない流れ者だよ? そんな私の執事っておかしいでしょ」
「俺がお仕えするのに、あなたの立場なんて関係ないですよ」
「いや、あるでしょ。クロードはこの国に仕える執事なんだから。多分だけどあの新しい聖女の執事になるんじゃないの?」
「ああ、来てましたねそんな通達。なんで国家執事、止める事にしました」
「はぁ?」
「だから俺はフリーランス。やりたいようにやるんです」
そう言ってクロードは笑った後、さてと軽く体を伸ばしながら言う。
「そんな訳なんでお嬢、さっさと荷物を纏めましょうか?」
「いや、いやいやちょっと待って理解が追い付かない……」
この国を追放されるという事は比較的脳がスムーズに理解したけれど、これは中々理解が追い付かない。
と、そこでクロードは何かに気付いたように言う。
「ま、まさか俺はお邪魔でしたか!?」
「あ、いや、違う! それは全然違う! 寧ろありがとう! ありがとう……だけど」
……だけど。
「それってつまり、私の味方してくれるって事でしょ。そんな事してもさ、クロードに得な事何もないじゃん。それなのになんで……」
本当に分からなかった。
クロードは私に仕えるために人生を棒に振るような事を言っているんだ。
だけどクロードは言ってくれる。
「頑張っている人を。頑張っていた人を支えたいと思うのは何かおかしいですか?」
いつもクロードだけは、無能扱いされている私にそんな言葉を掛けてくれる。
そして笑って、言ってくれるんだ。
「それに俺、お嬢と居るの楽しいし。得な事だって一杯あります」
「クロード……」
「逆に言えば俺ももう此処には居たく無いんです。大きな声では言えませんが……今回の件で愛想が尽きた。だからほんと、お嬢さえよければ俺にとって本当にメリットしかないんです」
だから、とクロードは言う。
「俺と一緒に、この国を出ましょう」
そう言って手を伸ばしてくれる。
そんなクロードに、思わず少し笑みを溢しながら私は言う。
「あんまり貯金とかも無いからさ、あまりお給金とかも払えないよ」
「俺が稼ぎます」
「はは……頑張るよ、私も」
そうして私はクロードの手を取った。
この後、聖女としての私に与えられていた部屋から必要な荷物だけを持ってすぐに王都を出る事にした。
荷物は軽い。
纏めるのに時間は掛からなかった。
この軽さがこの国で頑張ってきた私へのこの国からの評価であり……私のこの国への愛着の軽さだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます