隋津
觀水涳涳待朝陽、士有武勇為国殤、奇士得病不帰郷、去日苦多唯戀亡。
月明星稀哀歌響、聞君殂斃使心傷、念君相愛思断腸、不覚涙下霑衣裳。
朱麗月は隋水の水面の赤き雲の中に浮かぶ月を眺めながらそう吟じていた、物悲しい旋律を歌うその声は儚く、月夜に溶け込んでいく。黒龍衛のうち臥起を共にし睦み合った相手を喪った女たちは慟哭し、周りの者たちも涙を抑えることができず衣服を濡らしていた。しかしながら炬に囲まれて照らされる幕舎の中からは陣を破られ撤退したとは思わせぬ闊達な議論が為されていた。「兵は勝ちを以て功と為す故、それは常ならぬもの。卿が長期の戦を見越して山を見張る軍の交代させたことが失策なのではなく、相手の疾き攻めを褒めるべき所である。しかし、この状況を如何せん」と司馬宮を見ながら郭昭はこう言った。これに対し宮は「山側からの別軍は弩兵と歩兵が其々一軍ずつで、仮に残していても彼らを失うだけだったでしょう。ここは素直に彼らの大胆な攻めがこちらを上回ったということを褒めましょう、兵の拙速なるを聞くも、久しきの巧を未だ睹ずということでしょう。だからこそ彼らは浮かれているはずです、この状況を打開するために早急に攻め返します」と静かながら落ち着きを持ってそう言った。これに対して周真は頷き、発言を続るよう促す。「朱公、荀公に率いられた黒龍衛の殿によって予想以上に向こうの精鋭兵に被害が出ています。飛軍は今回のような大胆な攻勢にでることは暫くできません、これ以降は本国からの援軍がなければ鍾陽まで進めません。彼らはまずは西岸の陣の構築をしつつ、これを待つでしょう。対してこちらは、精鋭の白龍騎士が残っており、また黒龍衛も七割は動けますし、騎兵も失っていなければ隴山兵も失っていないでしょう、予め増やしておいた橋のおかげで兵たちの士気は置いておくとしても撤退戦にしては被害は少ない。既に領内と言う事もあり増援に不安はありませんが、華底関側の守備との兼ね合いもあるので出来れば現状の戦力で打開を試みたいというのもあります。……奇襲を試みます。隴山兵に加え、白龍騎士の半数に馬を降り甲を脱がせ、これを龐将軍と合流させて一気に隋津の直上まで山林を抜けさせて長く伸びてきた飛軍の陣の腸を食い破ります」と宮は殆ど息継ぎもせずに続けた。「ふむ……」と真は思案しているところに「良いだろう」と麗月が何時の間にか現れてそう言った。「明朝に強行軍を出立させて、龐将軍と合流し隋津の腹を破る位置まで軍を動かすとなると、三日後の朝あたりになろうか。些か遅いかもしれぬな」と真が言うと「いえ、荀公に急襲の指揮をしていただきましょう。白龍騎士は下馬しても健脚で頑強、隴山兵も山歩きに慣れていますから明後日の夜半過ぎに飛軍の腹を食い破れましょう」と宮はそう提案する。これに対し令は「構わない」と答えた。「さすれば、これに合わせる反攻であるが、これは夜半に橋を駆けさせて昭が残りの白龍騎士と騎兵を率いて一気に攻め立てるのを先鋒とするべきか?」と昭が問うと令は「始めは紅龍と黒龍衛二百で夜襲をかけるべきよ。混乱させて鹿角もこれに壊させ火をかけさせる、そして戟兵を増援に寄越して一気に相手を乱し、遅くとも未明頃に騎兵を当てるといいわ。早ければ奥の火が見えて二刻でもよいかと……」と言った。「朱公、如何されますかな。真には危険な賭けにも思えますが、これは飛軍に盤石の体勢を取らせる前に食い破る妙案にも思えます」と、真は意見を決めかねている様であったが麗月が「攻めよう」と言うと諸将は首肯した。「それでは、真からはこちらの陣の意気が消沈しているように見せかるための策を述べさせてもらいます」と言い始めると令は「妾はもう眠らせてもらうわ」と去っていった。「内では兵の慰撫に勤めつつ、それを悟らせずこちらが憔悴しきったように敵に見せかけるか……」と麗月は小さな手で自らの顎に触れる。宮は「強気な言葉で軍を引かせるよう軍使を出させますか?」と言うと「下手に心に揺さぶりをかければ何かを企んでいると思わせるだけではないか?」と昭がこれを否定する。麗月はそんな議論を見ているうちに自らの疲労に気が付く。「すまぬが、孤は眠らせてもらう、思った以上に疲れている様だ。策についてもだが、明日、明後日に敵の急襲があった場合についてもこれへの対応を議論しておいてくれるか。毛将軍をはじめ西の陣にいた将はもう眠れ、周将軍もこれが気になるだろうがここは一度休んだ方がよい、卿も奮戦し疲れておろう」と麗月が本陣から去っていったため、疲労困憊を隠していた周将軍をはじめ昼の間に戦に出ていた将は素直に眠りについた。
翌朝、麗月が目を覚ますと既に陣内では忙しなく兵が動いていた。彼らは周将軍の指揮のもと手に丸太を抱えてそれを川岸に運び鹿角を並べていた。幾つもの新たな物見台が組まれ始めていて、その様は隋水という盾と後背地からの補給と増援を頼りにどれだけ長く攻め続けようとこれ以上押されまいとする我慢比べの準備をしているようにも見えた。「果たして、飛軍はどのような出方をしてくるだろうか」と兵たちを見ながら麗月が独り言ちると宮が近寄ってきて彼女に声をかける、曰く「宮自身の目でも櫓の上から飛軍の陣地を見て参りましたが、今の所は陣の構築を行っているだけのようです」と。それに対して麗月は「今日はそれで手一杯になるだろうな、今宵一度夜襲を掛けておくか?」と半ば冗談のように問うと「下策です。破れかぶれであると思わせるより、余力があると警戒されるほうに働くでしょう」と宮は冷静に言った、それから続けて「朱公は兵たちの慰撫に回ると良いでしょう、出来たら鹿角の構築を手伝うなど対岸からも分かるようなことをすると良いかと。実際、兵の士気は優れず慰撫が必要ですし、また将が兵の機嫌を取っている様を見せれば敵にはこちらが暫く攻勢が取れないように見えるでしょう」と提案した。それを受けて「あいわかった」と麗月は黒龍衛の一部を連れて鹿角の構築や櫓の建築に従事し始めた。一方、この頃既に令は白龍士二百を連れて龐琳の後を追っていた。昼過ぎになると、沢のあたりで待機している彼らの一軍と合流することができた。
「どうした?」後方から白龍士の一団が現れたことによって軍がざわめいていたことに琳は副官にそう問うた―――背筋を震わせる寒気、金の鎖が揺れる軽やかな音、檀香が花々の軍を従えたような芳香、琳は巨大な斬馬剣を咄嗟に構える。「君が龐将軍か。なぜこの沢で待機していた?」琳が振り返るとそこには令が立っていた。「先日目の前を降りて行った敵軍は二軍はいました、また西岸の陣が陥ちた以上沢を渡っても仕方ないでしょう。伯台からもそのような助言を受けておりましたし……」と、情勢と司馬宮の助言をもとに琳はこれを説明し、そして「そもそも名乗って頂けますか、それからこの場に何をしに来たのかも」と目の前の令に問うた、ただ、なかなか彼女の事を直視しづらいのか目を逸らしていた。琳は若いころは侠者を気取り無法者として子分を連れて海、湖、川、そして山を走り回り、弱きを助け強きを挫くようなことをしており、またよく遊びまわっていた。そんな彼は倡家での遊びも慣れたものであったが、真珠のごとく光り輝くような白い肌が生地の少ない戦装束のそこかしこから覗き、骨像の造形に一つの乱れもなく、これまで一度も見たことのないほど大きく切り開かれた眸の奥に焔のように力強くも妖艶に揺れる瞳の輝きがあり、白絹を束ねただけのように嫋やかな手足と腰を遊ばせる、そんな令の姿にどうしてもこの場にはそぐわぬ情欲を煽られてしまう、だからこそ目を逸らしていた。「妾たちは随津の直上を目指して進軍する、行くぞ、龐将軍。大きな声を出したり兵を統率するのは得意ではないから、妾の意図を兵たちに伝達する補佐をしてくもらえるかしら」と令は琳のいう事を全く意に介さずそう言ったあとに、ふと言葉を一度止めてから「妾は紅龍の命で、龐将軍の軍と合流し山道を通り飛軍の陣の後背地を急襲する任を受けている、名は荀令」と琳を見て言うと「進軍だ、諸兵に伝えよ」と命令し、琳はこれに従った。
白龍士と隴山兵の混成軍が山道を進軍してしばらくすると琳のもとに伝令が現れそれを聞いた彼は手で合図をし進軍を止めさせる。「どうしたのかしら?」と令は彼に問うと「足が引っかかる者が多く、これを気にして確かめさせたところ草が結ばれている箇所が多くあるという。既に西岸の陣を超えて奥地に入ってきている、飛軍の伏兵を気にするべきかと」と琳は答えた。「いえ、行軍を続けて構わないわ。疑わせた時点でもうすでに伏兵は役に立たない。わざわざこちらの行軍を躊躇させるような仕掛けをしているということは往々にしてただの足止めだわ」と令は言ったあと「しかし細かいことに気が付き、それを思案するのは将の大事な素質の一つね」と彼を誉め、再び軍を進めさせた。「それにしても君を見ると紅の将を思い出すな」と彼の顔を見ながら言った、顔、というよりもその黥であるが。海の近くに住み、漁を生業とするものは皆、入れ墨を刺していた。紅はさらに川や湖も多くそれと共に暮らす者たちも同じであった。そのため、紅の将のうち名士層からではなく兵上がりの者は黥面文身であることが多かった。「それは琳がもともと湖や海で侠者をしていたことについてですか?」と彼は言った。確かに紅にはそういったもともと荒くれものであったような将が多くいた、ただ紅の壮王はこうした己の武とその威による統率しか知らぬ者たちに学問を勧め治めさせた。母の死を期に侠者であることを辞め勉学に励むようになった琳の経歴もこれに似ていると言えるが、令は「黥を見て思い出しただけ」というだけであった、彼女は琳の性格について知る由もなく当然だろう。彼は義侠時代の豪遊をやめてはいないが兵を慈しみその家族に病の者があれば薬を買い与えるなどしていたため目下のものに好かれていた、しかし自分より才が劣る者から指示されるのを大いに嫌う性質を持っており時折諍いを起こしている、このように強い義侠心と自尊心を併せ持つ将は紅ではよく見られた。この場で琳が令に素直に従っているのは彼が令を傑物だと認識していることに他ならない、むしろ彼女の列伝を読んで憧れていたところもあるのかもしれない、彼女が壮王と幾度も口喧嘩になり左遷されたという出来事は、ある者が見れば令が偏狭で狂直と評するだろうが、これを剛毅だと捉える者もいるという事である。「それにしても荀公が歩かれると金の鎖以外の音もしますな」と琳は外から令を見て想像できる音以外の鉄の擦れる音がしたからこれを問うと令はそれに特に返事をしなかった。
初日の行軍は早めに切り上げてよく休み、翌日は夕方になるころに長く伸びた飛軍の陣の腹を上から見下ろせる尾根にたどり着いていた。立ち並ぶ幕舎は炬で照らされおり、隋水の西岸から飛国寿丘郡のあたりまで長く伸びている陣を照らす炎はまるで騰蛇であり、望む先の𢑆海にはその焔が映っておりさながら雌雄の対にも見えた。「絶景ですな、如何いたしますか?」と琳は令に問うと「紅龍の先遣隊による奇襲は夜半を十二刻過ぎてからだわ。星を見るにここで二十四刻ほど休んでからだ、森の中ではあるがしっかりと身体を休めるよう兵たちに伝えよ」といったため、彼らは皆腰を落ち着けて、敵陣も近く火をたくわけにもいかずもっぱら干した魚や肉、それから餅を食べてから休んだ。
夜半から十二刻、風は少なくわずかに山から吹き下ろす程度である。立待月はなお明るく、星は明るいもの以外はその光に隠されて目立たない。夏の終わりとはいえ、この時刻になると少し肌寒い、ただ凪いでいるため身体の熱を奪うほどではなかった。この時刻まで令は起きて星を見ており、奇襲の時間が来ると琳を叩いて起こした。そしてそれらが後ろの兵たちに伝染していく。令が水を飲み口を潤すと、それも後ろの皆が真似した。そして彼女が方錘戟を構え立ち上がると、皆が一斉に立ち上がり武器を構えた。その鉄の音に木々から多くの驚いた鳥が飛び去っていったことに気づいたのは陣の夜番だけであり、その彼らが訝しんだ時にはもう遅かった、その時にはもう尾根を一気に駆け下り陣に到達した白龍士が一気に陣を荒らし回り始めていたから。彼らは陣内を走り回り起きて番をしていた兵を狩った。令は暗闇の中にあって正確に鐘を鳴らそうとする兵を叩き潰した。それでも騒ぎによって目を覚ます者たちはいるのだが、それももはや手遅れで彼らは武器を手にすることが出来ぬまま白龍士の後を詰めてきた隴山兵に戮された、琳も巨大な斬馬刀を振り回し幕舎を叩き、寝ていた兵を打ち砕いていた。陣内の兵の抵抗が無くなると彼らは陣に火をつけて西へと走り始めた。火の手が上がれば周りの陣は気づき鐘を鳴らして兵を叩き起こすのだが、荀令が率いる勢いに乗った白龍士を先鋒にして陣内に突入してくる軽装の兵を食い止める術を持っていなかった。それはまさに破竹の勢いで、白龍士の突撃によって陣に衝撃を与え、その後、隴山兵の群れが地を洗い流す洪水のように飲み込む。これが繰り返されるだけで長く伸びた飛軍の陣が次々と陥落し火に飲まれていった。前線が近づくと、素早く抵抗の構えを整える陣が現れてくる。兵たちを鼓舞しはじめに少数でやってくる白龍士に対して隊でしっかりとこれに当たり勢いを削ぎ、金や宝玉を纏い燦爛たる光を放つ令を見るやこれを討てば勢いが止まるとこれを取り囲んだ。一人の気が逸った将が短戟を振りかぶり令に切りかかったが彼女はこれを避け逆に方錘戟をその頭蓋に振り下ろしこれを打ち砕いた。その刹那包囲していた皆が息を合わせて彼女に向けて戟を突き出し距離を詰めた。その穂先を彼女は歌伎が舞うように細い身体をくねらせて避けたが、柄によって取り囲まれてしまっていた。「その得物では手が出ないだろう!」と令を取り囲む将の一人が叫んだが、次の瞬間、彼は喉から血を噴き出し地に伏した、彼女は何も長柄の武器や撃剣だけを得意としているわけではない。令は太腿に巻いた帯に取り付けていたいくつかの暗器のうち、峨嵋刺を手にして彼女を取り囲む戟の牢の中を踊った、妖艶な彼女の舞に合わせて上がったのでは歓声ではなく赤い血であった。
その頃、朱麗月は出陣の準備をしていた。麗月は白酒の樽を抱え「今から、孤たちが負った汚名を晴らすために打って出る。そうだ、飛軍を打ち砕く」とそれを黒龍衛の女達に注いで回った。「行くぞ、孤に後れを取るな」と麗月が叫ぶと、彼女たちは盃に満たされた酒を飲み干しその杯を地に捨てて打ち砕きすぐさま小舟に乗り隋水を渡った。闇夜に乗じて侵入した黒龍衛がその大きな鉄でできた戟を振り回しながら西岸の陣を荒らして回ると飛軍はこれを恐れ逃げ出す兵が多く出た。何しろ、歌伎のように美しい女が憤怒を湛えた顔で兵を膾にして周るからからだ。自らの対を殺された女の表情は当に鬼神であり、その美しい女たちが酷烈な表情で戟を振り回すのを見て構築途上の陣を守る兵たちは情けない声をあげながら走り惑った。敢死隊とも言うべき彼女たちの出陣を見送った宮はすぐに船を流し浮橋を架けていた、郭将軍の騎兵、そして周将軍による後詰のために。未明より少し前の暗闇に行われたその急襲に飛軍の陣は困惑していた。しかしながら飛の衛将軍はそれを見て「狼狽えるな、鐘を打ち鳴らせ!匹夫など信が打ち砕いてくれるわ!」と素早く鉄馬に跨った。「朱麗月、血迷ったか。僅か数百の黒龍衛を連れての奇襲で一軍を討ち果たしても、それ以上のことが出来ると思うな!」と信は走り回りながらそう叫んだ、それはただ闇の中で麗月たちの奇襲があるだけならば正しかった。黒龍衛は奮戦した、ある者は失った愛する相手のために鬼神となった。僅か二百の兵であっても精鋭である彼女たちは四軍が屯する陣を大いに荒らして回った。何しろ、黒龍衛の女を見ただけで飛軍の兵は失禁しながら走ったのだ、図画の中の美人の様に艶めかしい女たちが咆哮する虎のような表情で、子を喪った夜叉の形相でその身の丈よりも大きい鉞戟を振り回して陣内で暴れるのである、そんな彼女たちが兵を戮するのを見て飛軍は震えあがって逃げ出し始めた。「ふむ、これほど苛烈に暴れ回ろうと私憤に走った愚か者の群れに過ぎぬわ。如何に史書に記された飛将とは言え、討ち取って見せよう」と信は周りの兵を御し大刀を手にして走りだした。兵たちは西岸の陣から東や北に逃げ始めていたが、飛国の麒麟騎はなんとかこれを押しとどめていた、鬼士同士の戦いであればそれは対等であるから。暫しの間、武勇に優れた鬼士同士の打ち合いが続いていた、しかしながら「衛将軍!後方が燃えております!」との伝令からの言を受けた彼の顔は青白くなった―――𢑆海が赤く染まっていた、飛軍の後方の陣が燃える炎を以てして。「嗚呼、ああ、後方の陣が燃えるなど……。思えば、隋の西岸の陣を奪う際に勝利を得たのも朱麗月の策であったのか……?これではまるで先主が私憤で隋津を攻めた時と同じではないか!……いや、ええい!全ての軍を退かせるのだ!後方で奇襲を行った軍など寡兵であろう!信はここで殿を務める、後方はたかが一軍にも満たない兵による奇襲であろう、表の夜襲もただの匹夫の集いよ!」と彼は叫び撤退を指示した。その直後、彼の顔は更に青褪めた―――白龍騎士を中心に隴国の騎兵が陣内に突入してきていたからだ、白龍騎士を先頭にした鉄騎の伍たちが西岸の陣を蹂躙していた。麗月が陣を荒らして回る間に黒龍衛のうちの十伍、即ち一つの隊が鹿角を壊してまわっていた、またその混乱に乗じて工兵が浮橋を掛けていたのだ、だからこそ郭将軍率いる騎馬兵は散々に飛軍の兵を殺して回った、昭は鍘刀を振り回し飛軍の陣を散々に荒らして回った、彼は鬼士でもありその膂力も武勇も過人、止めようと挑んだ将を全てその鉄の塊を以てして一閃で斬り伏せ打ち砕いた、その間にも騎兵たちに細やかに指示を出し完膚なきまでに陣で逃げ惑う兵たちを破った、西岸の陣の兵も、令の後方の急襲から逃げてきた者たちも昭の騎兵によって散々に叩きのめされていたのだ。陽が登り始めるころには、衛信の周りの兵たちはみな斃れるか降るかしており、ただ一人彼は黒龍衛に取り囲まれていた。これを見た麗月は彼に近付き声をかける、曰く「衛将軍よ、降られよ。孤は決して公を悪く扱わぬ」と言ったが、彼はそれを受け容れず大刀を手にして麗月に斬りかかった。「せめて、朱公を討ち果たしてから死なん!」と叫んだ彼は流石は軍神の後でありその一撃一撃はそれぞれ激しく苦しげに麗月はそれを受け止めていたが、何合かそれを受け止めた後に信の刀の柄を掴みそれを投げ捨てた。信は空になったその両の手をまじまじ見た後にただ麗月に跪き「朱公、首を打て。公に討ち取られるのならば信には一片の悔いもない。公の勝ちである、さぁ!」と叫んだ、その後ろまで迫っていた令が方錘戟を振りかざしていたが麗月はそれを押し留めた。「宜しい、負けを受け容れるのならば、隴軍の虜になれ」と彼女は勝ち誇ったように信にそう言った。
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