頭の中の天使と悪魔の話
自分自身の道徳的立ち位置を決定づけるような選択を迫られたとき、よく人は「まさにそのときわたしの頭の中で天使と悪魔がたたかっていたのだ」などと言うが、実際にその頭をほじって本当に天使と悪魔らしきものが見つかると、大抵心底びっくりするものだ。
わたしもまさかそんなものがいるとはそれまで夢にも思わなかったが、この発見をしてからはその研究にこの身を捧げ、そして広く知らせた。今ではこの国のあちこちで心霊手術が行われ、様々な業種で脳を心霊増強させたひとびとが活躍し始めているという。それを想像すると、とてもうれしいね。
それがわたしの減刑に繋がらないことは少しばかり不満ではあるが。
もしあの発見がなければわたしはただの墓荒らし/趣味的拷問者/衝動殺人者に過ぎないというものも世にはいるが、しかし考えてほしい。世界に「もし」は存在しないのだ。わたしは! 実際に発見をしたのだ。それが全てだよ。今ではこれまでの全てがあの発見のため、わたしはあのために生きていたのだと思っている。
わたしは発見者であり創始者だ。わたしが一番よく精霊のことも、心霊手術のこともわかっているんだ。
そんなわたしをこれからきみらは吊ろうとしているのだ。よく考えたほうがいいと思うよ。これは世界の損失だとね。
きみらは知っているのだろうか? どうすれば街路で気付かれずに被験者に近づけるのか? どの道具が、どの素材で出来たどの道具を使えば、膜に傷をつけずに頭骨を砕くことができるのか? 脳から取り出した精霊を本人に見せたとき、いったいどれだけの種類の反応が起こるのか? その結果は?
なんでも聞いてくれ。わたしが一番よく知っているんだ。
何が知りたいかな? ちなみに今広まっている黒曜石方式は誤りだぞ。そのロマンはわかるがね。
「時間です」
何? もうか? 早くないか?
「規則ですので」
そうか。まあしょうがないな。それじゃあわたしが死んだら……
「早急に精霊を取り出し、銀行へ」
うむ。規則通りだね。それじゃあよろしく頼んだよ、役人さん。
ふう。
さて。
気をいれないとな。
うむ。
肩に力が入るね。
目隠しはしたままでいいのかな?
……。
さてどうしたのかな。今のは何の音だい?
そして台が移動しているようだが。
「ちょっとばかり延期になったんよ、旦那さん」
知らない声だな。
「知らない声? そうか」
おお! 眩しいね! 三日ぶりの光だ。ただ、出来れば覆いを取る前には事前に声をかけてくれるとうれしいな。
「どうだ? この顔は知らないか?」
いいや。悪いね。でもその傷跡には見覚えがあるよ。それはわたしの初期の頃のやり方だよね。あまり手際がよくないよね……。悪いことをしたね。
「旦那さん、おれはあんたを恨んでるんよ。あんたにおれらは襲われて、それでおれは見える世界が変わっちまった。おれは今でもこうして立っているが、女と息子はそうでもなかったよ。手術に耐えきれずにくたばっちまったよ。それからおれはもうずっとひとりだ。さびしい」
そうか。
「問題なのが、世界が変わったのが家族が死んだせいじゃなくて、あんたの手術のせいだってことなんだよ。あんたに埋め込まれた精霊が脳をブン回すもんで、世界に妙な色が増えに増えて、もう何もかも変わっちまった。おれはさびしいけど、そんなことはもう考えていられないぐらいなんだ」
なるほどね。よく動いてるみたいだな。
「旦那さん。おれにはあんたが必要なんよ。あんたとあんたの手術と、あんたがそれで埋め込む精霊がもっと必要なんよ。もっと精霊を埋め込めばもっと色が増える? それであってるだろ? そうすればどんどんおれは速くなって、どんどん脳が尖っていって、そうだろ」
ところであそこに倒れているのはさきほどまでわたしが話していた役人さんでは?
「あんたの死刑は延期だよ、旦那さん。おれが満足するまでずっと延期だ。どこかで、精霊を獲って、それで一緒に暮らすんだ」
そしてもしや君は役人ではないのでは?
「役場なんか行ったこともねえや。今日のこの日がはじめてだよ。おれは土と暮らしてきたんだ」
なるほどですね。これは参ったなあ。
◆
XXXX年XX月XX日
おはよう大国の諸君。昨日に引き続き嘆かわしい知らせだ。
ズメトリヤの奉仕刑務所で脱走事件が起こったそうだ。外部からの手引きにより市中へ解き放たれたのは「あの」ピュービル博士とのこと。協力者は市街外れの農民オオグルだというが、その住処はもぬけの殻だったという。
オオグル一家はかつてピュービル博士の餌食となり、運良く生還したのは一家の長のみだったそうだが、それが今回の事件とどのような相関関係にあるのかは市警によれば未だ調査中であるとのこと。
善き奉仕者の諸君らは、十分に夜間の行動に注意されたい。特に一人では出歩かないこと。
本日も奉仕しよう。
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