練習場所が無い!
とある日の放課後、ムラカミは帰る支度を終え、カバンを背負うまさにそのタイミングだった。
「あ! ムラカミ! こんなところにいたの?」
声をかけたのはムラカミと同学年の女子バレー部員。
「え? 何? ボク何かした?」
彼女はずんずんと近寄って来た。
「あんた、部長でしょ? 体育館が大変な事になってんだけど。ちょっとなんとかしてよ」
全く状況が理解できていないムラカミは、そのまま体育館まで引っ張られて行った。そのまま体育館の入り口で、背中をぽんと押された。
「ほら、どうすんのこれ。あんた部長なんだからなんとかしてよ」
体育館の入り口から見えたその光景にムラカミは目を丸くした。そしてメガネをずらしてよく見つめた。
そこから見えた光景はこうだった。
女子バレー部の練習コートの半分。その中心にアキラがあぐらをかいていた、そして腕を組む。その周りを残りの5人が囲んで同様にあぐらをかいていた、皆表情は重い。
そのアキラを見下ろすように女子バレー部の部長である3年生のチナツが腰に手を当て鋭い眼光で睨みつける。ムラカミは背中を押されながら、いやいやその場に連れ出された。そしてその現場に置き去りにされた。チナツの170cmの身長をおそるおそる見上げた。相当怒っている。
「だからー! 邪魔だって言ってんの! あ、ムラカミ。なんとかしてよ、こいつら」
蜷川組は断固としてそこを動かなかった。腕を組み口を結び、そしてあぐらのまま六人は座っていた。
「あの……アキラ君。どうしたのか……な?」
すると、アキラはキッ、とムラカミ
「おい、ムラカミ! おかしいだろ! なんでこいつらには練習コートがあって、俺らには無いんだよ!」
「だからー……」
ムラカミの目には、怒り狂うアキラの後ろにチナツの長身が覗いた。
「あんたたち八人しか部員いないでしょ? しかも最近始めたばかりのお遊びバレーの弱小チームにはコートなんていらないでしょうよ。ステージででもやってなさいよ! 私たちは今年こそ全国大会本気で目指してんの。ちょっと……この時間がもったいないんだけど」
気づけば山本もその様子を周りから見つめていた。アキラがその190cmの長身を見つけた。
「あ、山本さん。何か言ってやってくださいよ。こいつら自分たちだけコート占領しやがって、ムカつくんですけど」
(あれ……アキラ君、山本君には敬語なんだ、ボクの方が学年上なのに……)
ムラカミは別のところに驚いていたが、そんなムラカミをよそに、山本の長身がつかつかとやってきた。そしてチナツを上から見下ろす。
「な、何よ。あんたも一緒になって邪魔するわけ!?」
黙ったまま山本はアキラへと視線を移した。相変わらず六人はあぐらを描いて、腕を組んでいる。隣のバスケ部も事の成り行きが気になって仕方ないようで、みんなこちらを見ている。やがて山本はチナツを見つめ返した。
「チナツさん、さっき俺らのこと弱小チームって言いましたよね」
「言ったわよ。それが何か?」
山本は一つ、息をついた。
「わかりました。コートは譲りましょう。ただ条件があります」
「は? 何?」
「俺たちと勝負しませんか? 先輩たちが勝ったら今まで通り俺たちはステージでやります。でも俺たちが勝ったらコートを譲ってください」
アキラが立ち上がった。
「そりゃおもしれぇ、決闘だ! まじでぶっ潰してやる。俺らが勝ったらコートは全部もらうぜ、そっちが負けたらステージはお前たちのもんだ!」
そういってひっひっひっと笑った。他の5人も「決闘」という言葉に興奮してイェーイ、だとかヒューとか口笛まで吹くものまで現れた。
「いいわよ、別に。あんたらに負けるくらいだったらどうせ全国大会なんて目指せるはずないし。ただ県大会があるから、それが終わってからね。それまでの一ヶ月はお願いだから練習させて」
山本は頷いた。
「わかりました」
こうして何とかその場は収まり、そのまま男子バレー部のステージ上作戦会議が始まった。
「山本さん、ぜってぇ勝ちましょうね、ぶっ潰してやりますから」
「あぁ、そうだな」
言ってはみたものの、強くなるためには練習が必要である。しかし、練習場所がステージでは、強豪女子バレー部に勝てるはずがない。さてどうしたものか。
「どっか練習場所ないっすかね」
蜷川組の一人が呟いた。
山本の頭に一つの考えが浮かんでいた。
「まあ、無くもないんだけど」
「え? どこっすか? 山本さん」
いやだめだ、あそこにだけは頼みたくない、死んでも嫌だと山本は首を横に振った。
「山本君、心当たりあるの?」
嫌だ、とは思ったものの、自分から言い出した「決闘」であり、これで恥ずかしい結果になるのもそれはそれで嫌だ。
「いや、あの……。一応、頼むだけ頼んでみます。でも、あんまり期待しないでください」
頼むだけ、とは言ってみたもののそのことを想像しただけで、山本の心はずしりと重くなった。帰りの山本の足取りは、まるで足が鉛にでもなったかのように鈍かった。
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