押し寄せるヤンキー集団

 時は流れ、気づけば山本は二年生になっていた。二年生になっても男子バレーボール部はムラカミと山本の二人。この状況は結局何も変わっていなかった。4月も半ばに差し掛かり、新生活の慌ただしさも落ち着きを見せ始めたそんな頃、山本にムラカミから召集がかかった。今年度初めての練習をしよう、というものだった。

 しかし、その日はドラゴンモンスターズ5の発売日。どうしても学校帰りにすぐ買いに行きたかった山本は数回ごねたが、結局「あまりに部活動をしてないと廃部になっちゃうよ」というムラカミの緩い脅しに屈し、部活に出ることになったのだ。


「久しぶりだね、ボール触るの」


 相変わらずステージ上で練習をしていた二人は、それなりにパスが続くようにはなっていた。しかし山本はさっきから気になることがあった。


「あのムラカミさん」

「何?」

「それ、何ですか?」


 山本はムラカミの履いている短パンの左ポケットを指差した。黒い革財布がパンパンになって、その半分くらいを覗かせていた。


「あぁ、これね。財布。帰ったらボクもドラゴンモンスターズ5買いにいくんだ。一万円入ってるから無くしたくないんだよね」


 そう言いながら、レシーブをするたびにピョイ、と財布が出ては、それをシャッと入れる。レシーブしてはピョイ、シャッ。レシーブピョイ、シャッ。レシーブ、ピョイを何回か繰り返したときに……ドサっ。ついに黒い塊が床に落ちた。それを拾おうとしていたムラカミに山本は同じテンポでアタックをしたもんだから、ボールはそのままムラカミの頭にヒットした。


「痛っ!」

「だいじょうぶすか?」

「……いってって……だいじょうぶだいじょうぶ、全然平気だよ」


(っていうか、自業自得じゃね?)


 山本は大きくため息をついた。

「それ、持ってないといけないんすか?」

「家に置いといたら、心配でしょ」

「ロッカーがあるじゃないですか」

「ロッカーなんて、誰が狙ってるか分からないからね。自分で持ってるのが一番安心だよ」


 そんなもんか? 全く納得できないまま、その後もレシーブ、ピョイ、シャッを繰り返しそれを何回か繰り返した後、ドサッと財布が床に落ちて、それをムラカミが拾う。


「あのー」

「何?」

「そんなに大事ならもう今から買いに行きません? ドラゴンモンスターズ5」

「ダメだよ。しっかり練習はしないと。終わってからでもお店は開いてるからさ」


 はあ、ため息をつきながらアタック練習する山本は、その視線の先にとあるものを見つけた。


(あ、あいつら……)


 そこに映ったのは、六人の集団。先頭を歩くのは蜷川にながわアキラ。彼らは新一年生にもかかわらず、すでに学校中の有名人となっていた。それは彼らがいわゆるヤンキー集団で、金がなくなると先輩でも構わず「金貸してくんないかな」の一言でいわゆるカツアゲを繰り返すと噂があったからだ。


「山本君どうしたの?」

「いや、何でもないっす」


 ムラカミが山本と肩を並べ、その視線の先を見た。そして人物を確認する。


「あ! あいつら、蜷川にながわ組じゃん! 早くどっか行ってくれないかな」


 そうつぶやいていると、彼らはずんずんと体育館の入り口の前に立った。そして辺りを舐めるように見回す。


「うわっ! 来てるよ、カモでも探してるのかな、お願いだからこっちにこないで……あぁ!」


 ムラカミは喉の奥の変なところから声が出た。そして急いで自分のポケットを確認する。


「まずいよ、山本君。もしこれがあいつらに見つかったら……一万円入ってるのに」


(だから言ったじゃねーか)


 あきれる山本は、落ちていたボールを拾った。


「変に意識すると見つかりますよ、しばらく気づかなかったふりして練習しましょう、そっちの方が見つからないと思う」

「そ、そうだね。そうしよう」


 そう言ってパス練習を始めた二人だったが、どうやってもムラカミの黒財布はポケットから大きく顔をだし、その居場所を見失っていた。

 そうこうしているうちに、蜷川組の六人はずんずんと体育館の前の方に進んで来た。そして、前方の女子バレーのコートの横を抜け、ステージへ続く階段までやってきたのだ。


(山本君……こっち来てない?)

(来てます、気づかれないようにしましょう)


 気づいてないふりをして必死にラリーを続ける二人。そんな二人の努力もむなしく、ヤンキー集団はステージへ上がって来た。そして二人のすぐ近くまでやってきた。そしてじーっと二人を見つめる。先頭に立つアキラはだぼだぼのズボンに髪はギリギリのところまで色を抜いている。

 すぐ目と鼻の先にいて、どうみても気づいているはずなのに、気づかないふりを続けるムラカミ。そんなムラカミが必死にレシーブとアタックを繰り返していると、ついに声がかかった。


「おい!」


 びくっとした村上が、怯えながら振り向いた。そこにはアキラを先頭とする六人の集団が、不敵な笑みを浮かべ立っていた。


「な、ななななんですか? 今練習中ななななんですけど」


 ムラカミは必死で黒財布を押し込んでは、ピョコン、押し込んではピョコンを繰り返し、そのままいたたまれず後ろに隠した。

 何も言わずにアキラが一歩ずつ距離を詰める。

 ムラカミの額から冷や汗が垂れた。生唾をごくりと飲み干した。

 そして小柄なムラカミを上から、まるで蛇がカエルにそうするように鋭く睨んだ。それから大きく手を振りかぶる。


「分かった分かった、お金あげるから、ごめんなさい! 殴らないで……」


 そう言いながら財布を前に突き出し、ガードするムラカミ。

 しかしその後、いつまでだっても予想していた衝撃が来ないことに気づいて、もう一度アキラを確認した。するとそこには予想外の光景が広がっていた。

 アキラは一枚の紙を、どん、と床に叩きつけていた。そしてニヤリと笑う。後ろの五人も同様にへらへらしている。


「こ、これは?」


 何も言わないアキラ。ムラカミは恐る恐るその内容を見てみた。


「え? これって……入部届け?」


 相変わらず蜷川アキラ率いるヤンキー集団、蜷川組はへっへっへっ、と不敵な笑みを浮かべている。その後次々と後ろの五人も入部届けを突き出した。


「あんた、部長のムラカミさんだろ? 頼むよ、俺らバレー部に入りたくてさ」


 結局彼らの狙いはこうだった。

 当校の校則である「必ずどこかの部活に所属しなければならない」というのは彼らももちろん例外ではなく、どこか楽な部活を探していたのだ。そこで、部員二人、練習も緩いというバレー部の噂を聞きつけて、入部届けを出しに来たのだった。


「よろしくお願いしますよ、部長さん」


 そう言って、はははは、と笑いながら、集団はそのまま体育館を後にした。

 完全にいなくなってからムラカミはぼそっとつぶやいた。


「へえ、意外だね。彼らもバレーボールに興味があったんだ」


 そんな村上をよそに、山本は今までにない危機感を覚えていた。


「まずいことになりましたね」


 その目は鋭く、今までムラカミが見たことのないくらい殺気立っていた。


「え? ああ、そうだね。ちょっと彼らと練習するのは何か怖いよね。でも部員なのに練習来させないっていうのも逆にかわいそうだし、怒らせたら怖いし。どうしようか」


 山本の持っていた危機感はそんなことではなかった。


(まずい、本当にまずいことになった……)


 山本は焦っていた。その理由は決して彼らがヤンキーだったからではなく、


(あいつらは六人、それに俺たち二人。これって……試合ができる人数になってしまったんじゃ? せっかくここまで緩さを維持してきたというのに)


 山本にとって常に最も興味があったのは緩さ、楽チン。それを邪魔する存在に今までにない恐怖を覚えていたのだった。

 それと同時に、なぜかこの時の山本に身長爆発が起きる。158cmだった身長は何と半年で180cmまで伸びていたのだ。全て、バレーボールをするための条件が意図せずに整い始めてしまったのだ。

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