初めての部活練習
「ただいま」
学校が終わったらすぐ家に帰っていた山本は、家に着くなりリビングへ急いだ。間に合えば月9の再放送がやっているからだ。山本はこれを見るのが楽しみで仕方ない。他の同級生達が部活をやっているところを、自分だけ帰れる、その優越感がたまらなかった。
「あらおかえり」
いつもはいない母がその日は出迎えた。山本は返事もせずにテレビをつける。
「そうそう、隆弘バレー部に入ったんだって? お母さん嬉しかったぁ〜。小さい頃よくママさんバレーつれていったもんね、お母さんてっきり隆弘はバレーボールに興味ないのかと思ってたぁ〜。隆弘がバレーボールに興味持ってくれてお母さんうれしー」
ああもううるせーな、そんなことを考えながら、山本はテレビのチャンネルとカチカチさせた。
「今度見に行ってもいいかしら? 隆弘の部活。もし良かったらお母さん指導もしてあげる!」
(見にくる? ふざんけんなよ……)
山本の中に怒りと焦りがこみ上げて来た。
「もう、うるせーな、絶対に来んなよ! まじキモいわ、母親が部活見学なんて。っていうか俺全然バレーボールに興味無えから。そもそもあんな痛えボール必死になって追いかけてるやつらの気が知れねえわ」
じゃあ何でバレー部に入ったのよ、そんな質問が帰って来たら山本は何と答えたらよいのだろうか正直分からなかったに違いない。しかし帰って来たのは思いもよらない返事だった。
母は山本からリモコンを奪い取り、テレビのスイッチを消した。
「おい、何すんだよ……」
「あんた! 自分の言ってること分かってんの! バレーボールはね、立派なスポーツなの。みんな必死で頑張ってるのよ! それをそんな風にバカにするなんて……。お母さん絶対に許さない!」
親子ゲンカなら今までも時々はしてはいた。ただ、これだけ早く、そして本気な表情で怒鳴る母は初めてかもしれない。
「謝りなさい! お母さんにはまだいい、でもバレーボールに謝りなさい!」
(バレー……ボールに?)
突然の展開に山本の頭がパニックになりかけていた。
「ど、どうやってだよ、何て言えばいいんだよ」
母は、むすっとした表情のまま鋭い眼光を山本に向けた。
「知らない! もう、自分で考えなさい!」
それだけ言うと、母はリビングを去って行った。
「…………」
その後、家族でバレーボールの話が全く出なくなったのは言うまでもない。
それから数十年経った今でも、バレーボールに謝りなさいの意味は未だ意味不明だった。
数日後、山本の元へムラカミがやってきた。たまには練習でもしてみようか、とのことだった。練習なんかには興味のなかった山本だったが、たまには練習らしきものをしないと廃部になるかもしれない、と言われ仕方なくその日はムラカミの誘いに乗っかった。
職員室で顧問の若林からボールを受け取ったムラカミ。廊下を歩きながら山本はムラカミに問いかけた。
「あの、若林先生。顧問っすよね?」
「そうだよ」
「練習には来ないんすか?」
ムラカミは歩きながら答えた。
「そう、若林先生はバレーボールを打ったことさえ無いと思うよ。練習に来たこともないし、まさにやる気0だね」
(やる気0か。とことん緩いな、この部活)
その緩さにとことん燃える山本。
(やっぱこの部活選んで本当に良かったわ、まじ最高)
そんなことを考えながら二人は体育館に着いた。
入り口から中を覗くと、中は溢れんばかりの熱気で充満していた。部活に励む部員たちのかけ声、床をこするキュッキュッという音、滴る汗、ホイッスル……そこははつらつとした音で溢れていた。
「あの……」
「どうした?」
「うちら、どこで練習するんすか?」
手前のコートはバスケットボール部が使い、奥の半分は女子バレーボール部が全部使っていた。いわゆる体育館内に運動ができそうなスペースは見当たらない。
「あそこだよ、ついてきて」
そう言いながらバレーボールを抱えた小柄なムラカミがてくてく歩く。どこに向かうかもわからないまま山本はついて行った。時折向けられる「こいつら何しに来たんだ」という視線を浴びながらも、ムラカミと山本は前の方へ進んでいった。そしてそのままステージに立った。そこは全体育館が見渡せる場所だった。
「ここだよ、ここで練習しよう」
「あの……ムラカミさん」
「何?」
「ここって。ステージですよね?」
ステージとは通常一番目立つような場所に設置してある。部員がたった二人しかいない男子バレーボール部の練習を体育館全体に晒す訳だ。しかも二人でやっているとまるでそれはコントみたいだった。
まあ仕方ないか、どうせ形だけだし。そう思った山本は仕方なく準備運動をすべく肩を回した。
「何しますか?」
「えーと……何しようか」
え? と思わず声が漏れた。
「何するか分からないんすか?」
「えーと、そうだね。まあ、こんな少ない人数でやったことなかったからさ、だったらとりあえずレシーブの練習でもしようか。山本君初めてだもんね、大丈夫だよ、ボクがしっかり優しく教えるから」
そう言って、山本にボールを放った。
「ボクのこのあたりにボールを投げてみて」
そう言って腰を落として両手を構えるムラカミ。その正面に向かって山本は軽くボールを放った。ゆっくりと放物線を描いたボールはムラカミの正面へ。すると、そのままボールはあらぬ方向へとはじかれた。
「おっと、変な方向に行っちゃった。本当は山本君の方へ返すつもりだったんだけど。山本君、次はこのボクが構えてるところに投げてもらえるかな」
そう言って再び構えるムラカミ。そこへもう一度ボールを放った。すると、
「あ!」
今度は打ったボールが自分の顔面に直撃した。そのまま、痛った……とつぶやきながら顔面をさするムラカミ。
「いてててて……山本君、ちょっと難しいかもしれないけど、ここね、この真ん中に向かってボール投げてもらえる?」
(ってゆうか、飛んで来たボールを返すのがレシーブじゃねえのかよ。ボールのせいにすんのかよ)
そう思いながら、再び構えるムラカミへボールを放った。ゆっくりとムラカミの正面へ向かったそのボールは手の先端に当たり、勢いよく変な方向へ弾け飛んだ。
「痛ったぁ……久しぶりだからだいぶ腕が落ちちゃったみたい。やっぱり練習しないとダメだね。山本君やってみる? ボクが返しやすいところに投げてあげるから」
(やっぱりこいつ、出来なかったの俺のせいにしてねえか? まあいいけど)
そう思いながらもムラカミにレシーブの基本を習う山本。
「両手のひらを上に向けて、親指以外の四本の指を重ねるんだ。そのまま両手の親指の内側をくっつけて……そうそう、手のひら全体を包みこむ感じね。膝をやわらかく使うといいよ」
言われた通りに構えを作った山本。
「じゃあ行くよ、まずは当てるだけでいいからね」
そう言って、ムラカミは山本の正面にボールを投げた。そのボールは見事二人の真ん中ほどにふわりと浮かび上がった。
「上手上手! センスあるよ、山本君。ボクよりうまいかも! でもね、試合じゃこんな簡単なボールばっかじゃないからね!」
(お前さっきもっと返しやすいボール投げろみたいなこと言ってたじゃねーか。っていうか、どんだけ久々か知らねえけど、生まれて初めての俺より下手ってどーゆーことだよ)
ツッコミどころはいくらでもあったが、一つ山本は確信したことがある。
(だがこの部活、たまらなく緩い! まじ最高だ! ×2)
山本にとって、ステージ練習だけはどうしようもない屈辱だったが、それ以外は最高の部活だった。どうかこの部活が3年間続きますように……。
しかしそんな山本の祈りはもろくも崩れ去ることになる。
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