ムラカミとの運命の出会い

 昼休み。

 今日も山本は屋上で焼きそばパンをかじっていた。お昼に何か買いなさいと母親から渡されたお金は、いつも焼きそばパンへと早変わりし、屋上でそれを放り込んでいた。右手に焼きそばパン、左手にA4用紙をつまんだ山本は、難しい表情をしていた。


(あーあ、なんか楽出来る良い部活無いかな。ってか、まず運動部は却下)


 ということで、文化部の一覧を上から順に眺めていった。


(吹奏楽か、運動部よりかは良さそうだけど……でも筋トレとかもあるっていうからな。結構めんどいかも)


 楽に関してはなかなか要求が厳しい山本を納得させる部活はなかなか見つからなかった。次に山本の目についたのは茶道部だった。


(お、これいいじゃん。正座してお茶飲んでたらいいんだろ? これ絶対楽だわ)


 そんな妄想をしている背後から、何やら音が聞こえてきた。


「……くん、やま……? ……もとくん」


 山本は蚊が飛んできたと思って思いっきり自分の右耳をひっぱたいた。手のひらを見ても何もついていない。気のせいか、と気を取り直して、茶道部の部活内容を凝視した。


「……ねえ、もと……よね? あの……」


 山本は今度は左耳をひっぱたいたが、やはり何もない。


(五月蝿いな……はえか?)


 そんなことを考えていた山本の視界が突然揺れ始めた。


「うわっ、びっくりした!」


 地震かと思った山本が、慌てふためいて視線を上げると、そこに一人の男が立っていた。その男が自分の肩を揺らしていたのだった。上履きから見ると二年生、どうやら先輩のようだ。まん丸の黒縁メガネに色白肌。小柄でおとなしそうなその男に山本は全く見覚えがなかった。


「誰っすか? ってかいきなり体揺らさないでもらえますか、まじでびっくりしたんですけど。普通声かけませんか? 先に」


 男はおどおどしながら、両手を合わせた。


「ごめんごめん、さっきから山本君って何度も声かけたんだけど、なかなか気づいてもらえなくて……。びっくりさせちゃったかな?」


 なんだ、ハエじゃなかったのか。そう思った山本は再びA4用紙に目を落とした。


「何か用っすか?」


 男はしゃがんで山本と目線を合わせた。


「あの、ボク、ムラカミって言います。実はボク、君が入る部活探してるって聞いて……」


(ああ、面倒くせーのがきた、はやく消えよう)


 山本はそこを去るべく、残った焼きそばパンを急いで口に放り込んだ。


「ねえ、バレーボールやってみない? 面白いよ?」


(うわっ、きた。運動部とか絶対ありえないし)


 山本は立ち上がった。


「すんません、俺用事あるんで」

「ちょっと待って! バレーボール楽しいよ! みんなで汗流して、勝った時の達成感もすごくあるし。青春だよ?」


(青春とかまじキモイわ。そもそもこの地味なお前がまず青春して見せてみろってーの)


 山本はそそくさと屋上出入り口へ向かった。


「山本君、お願い! この通り!」


 山本が振り返ると、なんとムラカミが土下座をしていた。


「わかった、本当のこと話すよ。実はバレーボール部、三年生が引退しちゃって、部員ボクだけになっちゃったんだ。このままだと練習もできないし、廃部になっちゃう。ボク先輩と約束したんだ、部員増やして、バレーボール部存続させます、って」


(まじでキモイ。キモさMAXだわ、絶対入るか、そんな部活)


 そう思っていた山本だったが、次の一言で一気に方向転換することになる。


「お願い! なんだったら名前だけでもいいからさ」


 山本の足が止まった。


(名前……だけ?)


 山本は考えた。部員はこの地味で色白で面白みのないムラカミ一人。ということは練習もできない、つまりしなくていい。そして名前だけ……? ということは。

 即座に踵を返した山本は土下座をするムラカミの前にしゃがみこんだ。


「……頭上げてください。その話、詳しく聞かせてもらえませんか」


 ムラカミは思った。やった、一生懸命お願いすれば思いは届くんだ、ボクの熱意が伝わったんだ! と。

 しかし、山本が興味を持ったのはそこではない。

 名前だけ、練習しなくていい、これは究極の「楽倶楽部らくらぶ」なんじゃないか。それさえあればその時の山本にとって部活の中身は、バレーボールでもバレエでも何でもよかったのだ。 

 ともあれこうして山本はバレーボール部に入部することになった。お分かりの通り、山本にとってのバレーボール人生のスタートはバレーボールは元よりボールにすら興味がなかった。あったのは「楽ができそう」という楽観的な見通しのみだったのだ。


 こうしてバレーボール人生をスタートさせた山本。この人物がたった三年後に全日本ユースに入ってその後日本代表になるなんて誰が想像しただろうか。ここから想像も出来ない奇跡が次々と起こり始める。物語はまだ始まったばかりである。



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