【●レアさん】のあの回をノベライズ!

木沢 真流

まずは陸上部を「脱獄」せよ

「通常ではこんなことはありえません、まさにレアな人と言えるでしょう」


 元バレーボール日本代表の大林素子さんは確かにそう言った。


「バレーボールで日本代表になるには小学生の時に既に実力がある必要があります。そのまま名門の中学に入り、全国大会でも活躍している人がほとんどです。木村沙織選手なら下北沢成徳中学校、柳田将洋選手なら安田学園中学校、という風に」


 なるほど、つまり日本代表というのはそう簡単にはなれないということだ。では今回の主役、山本隆弘とはどのような人物なのだろうか。

 情報によると2003年のバレーボールW杯ではベストスコアラーとMVPを獲得、2008年北京オリンピックでは代表としても活躍しているまさにエリート中のエリートと言える人物。

 しかしこの人物の過去がかなり「レア」で、面白いため今話題となっている。今回はそんな彼の過去を少し覗いてみよう。


 繰り返すが、日本代表になるためには通常は小学生の時点でそれなりに実力を携えている必要がある。しかし山本の人生でバレーボールに触れたのは中学が初めて、しかも一年生の時は練習をしたことさえほとんど無かった。しかも当時のバレーボール部の部員は一人、練習もできなければ、指導者もいない。顧問はいても、ボールを渡すだけのまさに「名前だけ」顧問だった。


 当時中学一年生だった山本の身長は158cm。どちらかといえば小柄な方に分類されていた彼は、とにかく面倒くさがりだった。ただただ、とにかく寝て過ごすにはどうすればいいか、そんなことばかりを考えていたと言っても過言ではない。

 

「はい、次山本行け」


 そんな威勢のいい陸上部の顧問、安田の声で山本は走り出す。


(ったく、こんなハードルを何個も越えたって、一体何が面白いんだよ)


 そんな余計なことを考えながらも数個のハードルを越え、山本はゴールした。


 山本は当初陸上部だった。入った理由も大地の上をきらきらと汗を流して駆け回りたいから、などという理由であるはずもなく、ただただとある校則があったからに過ぎない。


「必ずどこかの部活に属さなければならない」


 その校則のために、山本はよく意味のわからないまま陸上部に入ってしまったのだ。よりによってあの陸上部に。


 熱い日差しがジリジリ照りつけるグラウンド、そこにへばる山本の横に一人の同級生が、はあはあ言いながら横たわった。背中一面に校庭の砂が汗と一緒になってべっとりと混じりあった。


「ああ、だりい。な? 山本」


 そう言って隣に横たわるの木野の、そのまん丸な体を蔑むような目で山本は見つめた。この男も自分と同じ、大して興味のないまま陸上部に入ってしまった仲間だった。


「だったらやめちまえよ、陸上部ここ。お前いつもそんなことばっか言ってんじゃねーか」


 木野は起き上がり、腕で額の汗をぬぐった。砂で顔が真っ黒になった。そしてははは、と笑うと肉付きの良い頬が優しく揺れた。


「笑わせんな、それができないのはお前だってよくわかってんだろ、ほら」


 そう言って彼の二重顎が顧問の安田を差した。


「学校一熱血かつ凶暴教師安田。あいつが顧問である以上、陸上部ここから逃げ出すのは脱獄並みにハードだ。この前なんか、あんだけ辞めたいって言ってた鈴木が、安田と指導室に入って一時間した後、ぴたりとやめたいの『や』のじも言わなくなった。数発殴られたんじゃねーかって噂だってあるんだぜ」


 そんなことは山本も分かってる。でもとにかく山本は面倒くさがりだった、とにかく陸上部を辞めたかった。そんな山本は驚きの行動に出る。


「お前もだらしねーな。見てろ、俺今から陸上部ここやめてくる」


 木野は全身の鳥肌が立った。まるまると赤みを帯びた健康そうな肌が一気に青くなった。


「おい、山本、待てって。何すんだよ?」


 山本は再びハードル走のスタートラインに立った。


「はい、次山本行け」


 勢いよく腕を振ると、山本は走り出した。まずは助走区間、順調にスピードを上げる。そして一つ目、二つ目とハードルを飛び越えていった。そして最後の五つ目のハードルを越える時、山本の頭の中で一つの考えが浮かんでいた。


(見てろ、こんな部活辞めてやっから)


 山本は勢いよく右足を踏み込んだ。そして左足を大きく振り上げるところを、敢えて左膝を前に突き出した。それはまるで飛び膝蹴りをハードルに食らわせるような姿勢で。そのまま勢いよく山本の飛び膝蹴りはハードルにヒットした。


 ガシーン、という音とともにハードルが勢いよく倒れた。古びたハードルが見事に真っ二つに割れ、それとワンテンポ遅れて山本も崩れ落ちた。


「おい、山本大丈夫か?」


 山本は膝を抱え苦悶表情、痛い痛いと言いながらのたうち回った。


「膝、伸ばせるか?」


 山本は歯を食いしばりながら、大きく首を横に振った。

 安田が足を伸ばそうとすると


「痛い痛いイタイイタイ……」


 それはまるで足が分断されるような呻き声を上げた。

 

「おい、病院連れて行くぞ、養護の弘中先生呼んできて!」


 すぐ様山本を病院へ運ぶ準備が進められた。

 同級生の肩を借りながら左膝を守るようにゆっくり歩く山本。その去り際、彼はちらっと木野を振り返った。心配そうに眉をひそめる木野と目が合うと、そのまま山本は誰にもばれないように小さくウインクをした。


 数日後、山本は陸上部を辞めた。理由は「足を怪我」したため。

 山本の繰り出した飛び膝蹴りはハードルを壊しただけでなく、見事脱獄まで果たしてしまったのだ。その後しばらく「山本の飛び膝蹴り」が伝説になったのは言うまでもない。その後木野も飛び膝蹴りにチャレンジしたようだが、山本の飛び膝蹴り後、ハードルが新しいものに買い換えられたため、木野が壊したのは自分の膝だけで、脱獄までは果たせなかったらしい。


 こうして見事恐怖の陸上部を辞めることに成功した山本。だがまだ問題は解決していない。山本が飛び越えなければならない本当のハードル、それは「必ずどこかの部活に所属していなければならない」という校則だった。

 しかし、まさに歴史が動いたのはそんな時だった。所属すべき部活を探していた山本は一人の人物と出会う。その出会いこそが「ムラカミ」との運命の出会いだった。

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