第6話 呪い
「よ、色男。薄幸の美女を口説いた気分はどうだい?」
「何だよそのベタな洋画みたいなセリフ」
夜、自室のベッドに腰かけ、窓枠にひじをかけながら外を眺めていると、タイニーがどこからともなく現れて話しかけてきた。
この森は星明りや、妖精たち放つ蛍にも似た淡い光のために夜になっても明るい。時々その明かりに魅せられて寝付けない夜があった。そういう時には決まってタイニーを呼び出しては眠くなるまで話し相手になってもらっていた。だが、タイニーの方からやってくるのは珍しい。まあ、気になることもあったからちょうどよかった。
「ちょっと聞きたいことがある」
「なんだ? サクラの今日の下着の色か?」
「違うわエロ妖精」
タイニーの頭を指先で軽く小突く。
「サクラってこの森にどのくらい住んでるんだ?」
俺が質問するとタイニーは短い腕を顎に当てながら空中でくるんと回って思案する。
「数えたことねーけど、少なくとも200年は超えてるな」
「……200?」
ちょっと待て、さすがにおかしい。だって200ってことは200年ってことでそれはつまりサクラは200年以上前からこの森にいるってことで、でもどう見ても見た目10代かよくて20代前半くらいで——。
「おーい。戻ってこーい」
「……はっ」
意識が飛んでいた。いや、意味は相変わらず全く分からないが。
「おまえ、もしかしてサクラの種族聞いてないのか?」
「人間じゃないのか?」
「人間といえば人間だが、人間じゃない。あいつは『エクシス』。人間から生まれた、俺たちに最も近い種族さ」
『結晶率』。この割合が高いほど、魔法適性が高く、不老不死に近くなる。通常人間の結晶率はよくて2割から3割ほどらしい。だが、本当に稀に、全身がマナで構成されて生まれる場合がある。そうして生まれた人間は、ずば抜けた魔法適性を手に入れ、ある一定の年齢になると外見的な老いがとまる。あらゆる面で人間を超えた存在。人であって妖精に近い存在。それゆえに彼らは『超越者(エクシス)』と呼ばれるのだという。
途方もない話に眩暈がした。『花の巫女』で、『色付き』で『エクシス』。自分も大概大変な思いをしてきたという自覚はあったが、サクラに比べれば口に出すのも恥ずかしくなるくらいだ。
「え、つまりサクラはそれだけ長い間、この森から出たことがなかったのか?」
「まぁ、そういうことだな」
「……そりゃあまりにも」
『……どうでしょう。もう、ずいぶんと考えていないです。意味のないことですから』
あまりにも、酷過ぎる話だ。
♯
「もし、サクラの呪いが解けるかもしれないってなったらどうする?」
翌日、サクラが家を留守にしている隙に(サクラは時々、どこかにふらりと出かけていくことがあった)リビングで本を読んでくつろいでいたロキアにそう訊ねると、彼女は露骨に怪訝な表情を浮かべた。
「どういうこと?」
昨日の夜、サクラの事情をタイニーに聞いてから、俺は一番最初に見た真っ白な世界でのことを思い出した。
もし、本当になんでも願いを叶えることができるのならば、サクラの呪いだって解くことができるのではないだろうか。
事情を話すと、ロキアはますます眉間に皴を寄せた。
「頭大丈夫?」
「俺だって確信があるわけじゃないんだ。でも、もし本当にできるなら、俺はそれをサクラの呪いを解くのに使いたい」
ロキアははぁと大きなため息をつく。
「まぁ、仮に、あなたがそういう力を持っていたとして、なんでそこまで巫女様に尽くそうとするの?」
ロキアが俺を窺うように睨みつける。
「その、『何でも願いを叶えられる力』だっけ? たった一回だけなんでしょう? その貴重な一回を巫女様のために使うの? あなたがそこまで巫女様に入れ込む理由がわからない。正直言って不可解だわ」
ロキアは俺を詰問する。
「……見ていられないんだよ」
「何を?」
「ここにいることに納得していて、それに不満もないというのなら俺も無理に呪いを解こうなんて思わない。でも、サクラはそうじゃない。それは後から来た俺よりも、ロキアの方が解っているだろ?」
彼女が何度も見せるあの表情。どうせ叶わないと決めつけ、全てを成り行きに委ねた人の表情だった。そして、俺はサクラがそんな表情を浮かべることがたまらなく嫌だった。
「それに、何でも叶えられるって言われても、正直そこまで叶えたいことなんてないんだよ。だったら、お世話になった可愛い女の子のために使うってのも悪くないだろ?」
俺がそう言うと、ロキアは俺の方に体を向けて、真剣な表情で俺を見据えた。
「あんた、自分がどれだけ自分勝手なことを言っているのか理解してる?」
「ああ、解っているつもりだ」
即答する。ロキアはじっと俺の瞳を射抜くように見据え、それから、見せつけるように大きな、それはもう大きなため息をついた。
「だったら、勝手にすれば」
「ああ、勝手にするよ」
俺は一言、「ありがとう」と言ってロキアのもとを後にした。
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