第5話 お礼
「何を作っているのですか?」
ロキアさんに用意してもらった厚紙をナイフで切っていると、後ろからサクラが覗き込んできた。
「あ、よかった。ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ」
「?」
小首をかしげるサクラに俺は鏡とガラスを差し出す。
「これを切ってほしいんだ。鏡とガラスはナイフじゃ切れなくて」
「えっと」
困惑しているサクラ。ああそうか。いきなりこんなことを頼んだら戸惑うよな。
「万華鏡を作るんだよ」
「まんげきょう……ですか?」
「そう。ロキアに聞いたら材料もあるみたいだし、せっかくだから作ってみようかと思って」
サクラは俺がロキアを呼び捨てにしたことに少しだけ戸惑った様子をみせる。だが、それよりも万華鏡がどういうものか気になったのか、しきりに視線が俺と鏡を行ったり来たりしていた。
「えっと、それで、私は何をすればいいんですか?」
「ああ、この鏡とガラスを線に沿ってサクラの花びらで切ってほしいんだ」
「花びらで……鏡を?」
目をぱちくりとさせるサクラ。次の瞬間耐え切れないとばかりに噴き出した。
「ぷ、くふふ、あははははは!」
「なんだ? 急にどうした!?」
「いえ、まさか、私の魔法をそんなふうに使うなんて! あーおかしい! そんな人初めてです!」
……もしかしたら嫌がるかなとは考えはしたが、まさか爆笑されるとは思わなかった。
「ダメ、ってわけじゃないよな?」
「ええ、ええ! 大丈夫です! フフッ。そうですよね。確かに、ダメなんてことはないです」
ひとしきり笑った後、彼女は俺の隣に座って楽しそうに花びらで鏡を切り始めた。ちょっと落ち着いてきたのか、彼女はぽつぽつと自分の身の上を話し始めた。
「私、生まれたときから特別な子供だったんです。みんなとは違う体質で生まれて、この魔法も、封印を脅かすものを消し去るためのものだと教えられてきました。世間の人は私のことをまるで神聖なもののように扱うけど、私は自分の魔法が嫌いでした」
サクラの母はこの場所で「厄災」と呼ばれるものを封印する代わりに、この場所から出られない呪いにかかっていたのだという。そして、その呪いは不幸にも、サクラ自身にも引き継がれてしまった。
「でも、今では『厄災』も滅ぼされてしまって、ここにいる理由すらなくなってしまった。それでも『ここから出られない』という呪いだけは残り続けているんです」
役目によって縛られ、翻弄され、今ではその役目すら無くなり、なのに縛り付けられている。それは一体、どれほどの苦しみだろうか。どれほどの絶望だろうか。
「外に出たい、とは思わないのか?」
サクラは少しの間視線を伏せ、押し黙る。
「……どうでしょう。もう、ずいぶんと考えていないです。意味のないことですから」
「さあ、できました!」としんみりとした空気をかき消すように、サクラは切った鏡とガラスを差し出した。
「それで、まんげきょう、とはどういうものなんですか?」
「ああ、これをこうしてな」
俺も務めて暗い雰囲気を出さないようにやや大げさに返事をして万華鏡を組み立てる。
そうして出来上がった手のひらサイズの万華鏡。試しに一度覗いてみる。
……うん、イメージ通りだ。
それを確認したあと、万華鏡をサクラに手渡した。
「筒の上のところに小さな穴があるだろ? そこを覗き込んでみて」
「こうですか……わぁ!!」
訝し気にサクラは万華鏡の中を覗き込む。瞬間、ぱぁっと表情が明るくなった。俺がそっと手に持っている万華鏡を回すと、サクラは「わっ」と一瞬声を上げた後、夢中になってくるくると回し始めた。
「よかったよ。気に入ってくれて」
「本当にすごいです! なんて綺麗……」
「俺がまだ小さかったころ、主治医の先生が俺のために作ってくれたんだ。入院中でも退屈しないようにって」
9歳のころ、俺は先生と出会った。先生は入院ばかり繰り返して友達もいなかった俺のために、いろんな遊び道具を持ってきてくれた。万華鏡もその中の一つで、先生はどこからか買ってきた二人分の「万華鏡キット」を俺の前に広げて、俺よりも真剣に万華鏡を作っていた。出来上がった万華鏡はお世辞にも綺麗な見た目ではなかったけど、先生は「友情の証だ」といって自分の作った綺麗な万華鏡と交換してくれた。
先生は俺に、「幸弘はたくさん自分の時間があっていいなぁ」と言っていた。それは聞く人が聞けば不謹慎だと騒ぎ立てるかもしれないが、俺にとっては衝撃的な言葉だった。それまで俺は、自分が世界一不自由な存在だと思っていた。体が弱くて、病室から出ることが出来ず、いつも外を眺めるばかりだった当時の俺は、まるで牢獄の中に閉じ込められている気分だった。でも、実は俺以外の同級生たちはみんな学校へ行き、宿題をし、塾に行き、俺よりも自由に何かに取り組めるような時間はなかったのだ。俺は誰よりも不自由なようで、実のところ誰よりも自由だった。自由に自分のタイミングで万華鏡を作り、覗き込むことができるのは俺だけだったのだ。
そのことに気づいてから、万華鏡は俺の宝物になった。辛いときや、悲しいことがあったとき、万華鏡を覗き込めば、自分が誰よりも満たされた存在であったことを思い出すことができた。
彼女の魔法は確かに恐ろしいのかもしれない。でも、決して恐ろしいだけでないことも事実だ。確かにあの時、俺はサクラの魔法を見て、「こんなに美しいものがあるのか」と感動したのだから。それを、サクラにも分かってほしかった。
「その中にある薄桃色のビーズはサクラの魔法をイメージしてみたんだ。どうかな」
「……ええ、すごく綺麗です。あなたには私の魔法がこんな風に見えていたんですね」
噛みしめるように言うサクラ。
「それ、あげるよ」
「いいのですか?」
「ああ、もともとサクラにあげるつもりで作ったんだ。お世話になったお礼と、綺麗な魔法を見せてくれたお礼で」
「……ありがとうございます。大切にしますね」
万華鏡を胸に抱えて薄く微笑む彼女の表情は、どんなビーズの煌めきよりも美しかった。
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