第4話 ささやかなこと

 サクラに頼んだ魔法の習得については、結局ロキアさんが引き受けてくれることになった。


 ……のだが、


「こんなの初めてだわ……」


「悲しくなるんであんまり言わないでください……」


 結論、俺の体にマナはなかった。つまり結晶率0%。俺の夢と魔法のファンタジーライフは一瞬で崩れ去った。


「結晶率0の人間なんて初めて会ったわ。巫女様があなたのこと異世界から来たって言ってたの、正直本気にしてなかったけど、信じるしかないみたいね」


 はぁと大きなため息をつくロゼアさん。呆れられても世の中にはどうしようもないものはあるのだ。傷つくので追い打ちはかけないでほしい。


「まあ、切り替えていきましょう。そもそも、あなた戦う力なんて欲しいの? 戦闘する予定なんかないでしょう?」


「ないですけど、こう、男の子としては剣と魔法のファンタジーには憧れみたいなものがありまして……」


「男の子なら最後まで濁さず言い切りなさいよ。……とはいえ、確かに何も護身の術を持たないのは危険ね」


 ロキアはしばらく思案すると、「ちょっと待ってなさい」と言ってどこかに向かう。それからしばらくして戻ってくると、俺に1丁の拳銃を手渡した。


「魔道銃よ。これならあなたでも使えるでしょ」


 手にした魔道銃は銃身がほんのりと青みがかったシルバーで、控えめに言ってめちゃくちゃかっこいい。やばい。男の子になっちゃう。


「大層お気に入りのところ申し訳ないけど、貸すだけだからね。……残念そうな顔するんじゃないわよ。高いのよ、それ」


 「まあいいわ」と言ってロキアさんは俺の手を取り、目の前の樹の幹に向かって銃を構えさせる。思った以上に柔らかいロキアさんの手の感触に少しだけドキッとした。


「こうして脇を締めて、ひじは軽く曲げておく。銃身を目線まで持ち上げたら、標的と標準器がまっすぐになるように構えて。この銃は片手でも扱えるくらい軽いし、反動も少ないけど、最初はちゃんと両手で持った方が安定するわ」


 ロキアさんは気づいてか、そうでないのか、俺の動揺など一切無視して説明を続けた。少しだけ自分の青臭さに照れ臭くなって、努めて自分の構えを修正することに集中する。


「目標との標準があったら、トリガーを引いて撃ってみて」


 右手の人差し指をトリガーにかけ、引いた。


 バンっという音とともに、青白い閃光が銃口から放たれる。


 標的になった木の幹の中心には一センチほどの穴が開き、煙を上げていた。


「あら、やるじゃない。最初は結構難しいのに」


 ロキアさんが驚いたように両眉を上げる。


「どう? 初めて撃ってみた感想は」


「すごい、です」


 まじまじと手の中にある銃を見つめる。前世では知ることのなかった生の衝撃が、手にじんわりと残っていた。


「魔道銃は大気中の魔力を取り込んで銃弾にするの。だから基本的に弾切れもない。チューニング次第で銃弾の性質を変えることもできる。しばらく貸してあげるから、気が済むまで使ってていいわよ」


「本当に!? やった!!」


「ちょ、はしゃぎすぎだから」


 若干引き気味のロキアさん。だが、すでに俺の頭の中は魔道銃を撃つことでいっぱいで、そんなことを意識している余裕はなかった。


「……全く、私より年上のくせに子供みたい」


 夢中になって魔道銃を撃つ俺を遠巻きに眺めながら、ロキアさんはやれやれといった様子でそうつぶやいた。










 どうやら俺には狙撃の才能があるらしい。


 決して初めての魔道銃でうまくいったから調子に乗っているわけではない。


 この世界に来てから、俺の身体能力は格段に上昇していた。それは前の世界の標準的な人の身体能力と比べても遜色ないどころか、それ以上のものになっている。もし今の身体能力のまま元の世界に戻れば、オリンピックに出場しても余裕で金メダルが取れるだろう。そしてそれは、動体視力も例に漏れなかった。風に落ちる葉に弾を当てた時には流石のロキアさんも開いた口がしばらく塞がらなかったほどだ。かくいう俺自身もめちゃくちゃ驚いた。


 そんなわけで、ひとしきり撃って満足した俺はホクホク顔でロキアさんと休憩をしていた。


「あなたにそんな才能があったなんてびっくりだわ」


「俺自身びっくりです」


「その満足顔めっちゃ腹立つからやめてくれない?」


「酷い……」


「ほら、どうぞ」と言ってロキアさんはコップに冷たい水を入れて俺に差し出した。ごくりと飲み込むと、ひんやりとした感触が喉を通り抜けて心地いい。


「ありがとうございます」


「いいのよ。それより、あなた巫女様の魔法を見たの?」


「サクラに聞いたんですか?」


「ええ。それで、どう思った?」


 あの時見た幻想的な桜色が脳裏に浮かぶ。


「……すごく、綺麗でした」


「そう。綺麗、ね」


 ロキアさんは何か言い含むように呟く。


「でも、それ以上にサクラが自分の魔法を嫌っていることが気になりました」


 サクラは自分の魔法を「毒よりも恐ろしいもの」と言っていた。確かに、あれだけ強力な力を持った魔法だ。きっと見た目通りの綺麗な使い方ばかりではなかったのだろう。


「私も巫女様に仕えて長いけど、いまだにあの人の抱えているものをすべて理解することはできないわ。いえ、きっと簡単に理解できるなんて言っていいものではないのだと思う。それは彼女のこれまでを軽んじる行為よ」


 確かにロキアさんの言うこともわかる。俺はサクラのことを何も知らない。サクラがこれまで、何を思って生きてきたかなんて、推し量ることはできない。


 ……でも、それは、


「あまりに、悲しくないですか?」


「ユキヒロ?」


「理解できないからと言って、理解しないままでいるのは、あまりに悲しいと思います」




 病気で入院していた時、多くの人が、俺のことを「かわいそうな子」と言った。満足に外で遊ぶこともできなかった俺のことを憐れんで、可哀そうだと決めつけた。理解しきれないから、自分の想像できる枠の中に、俺を押し込めようとした。それが俺にはどこか、突き放されているような感じがしたのだ。


あの時の俺は、みんなに寄り添われていたのに、だれよりも孤独だった。


だから、サクラにそんな思いはしてほしくなかった。




「それなら、あなたには何ができるの?」


 ロキアさんが問う。俺の脳裏にはかつて自分の見たある光景が浮かんでいた。


「ささやかなことなら」


「ささやかなこと?」


「はい」


俺は自信をもってロキアさんに告げる。


「『ありがとう』って伝えるんです」


 俺がそう答えると、ロキアさんは露骨に意味が解らないという表情を浮かべた。


「何言ってるの?」


「美しいものを見せてもらったんだから、お礼をするのは普通ですよね?」


「……ああ、そういうこと」


 ロキアさんは納得したような、呆れたようなそんな表情をした。


「そうね。その通りだわ。当たり前すぎてすっかり盲点だった」


「ロキアさん?」


 一人納得して、立ち上がるロキアさん。


「なんでもないわ。気にしないで」


 そう言ってその場から立ち去ろうとし、「ああそれと」と振り返る。


「いい加減私だけに敬語なのやめてくれない? 巫女様には敬語を使わないのに、私に対してだけ敬語なの、すごく居心地悪いから」


 それだけ言い捨てて、俺の返事も聞かず彼女はその場を後にした。


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