第3話 花の魔法
どうやらこの世界には『魔法』というものがあるらしい。
ロキアさんが風の魔法を使ってスパスパと薪を真っ二つにしているのを見てから、俺の頭の中は魔法を使うことで頭がいっぱいだった。
せっかく魔法のある世界に来たのだ。俺だって一つくらい使えるようになってみたい。
「頼む! 俺に魔法を教えてくれ!」
というわけで、俺はリビングで香茶を飲んでいたサクラに頭を下げていた。
「非常に申し訳ないですけど、私は魔法を一つだけしか使えないんです」
サクラは眉根を寄せながら、申し訳なさそうにそう言った。
「一つだけしか使えない?」
「はい。魔法の原理については聞いていますか?」
「いや。全然聞いたことがない」
俺がそう答えると、サクラは「そうですね、どこから話しましょうか……」と香茶の入ったマグカップを机の上にコトンと置いた。
「まず、この世界の物質は真の物質である『イデア』と偽の物質である『マナ』によって構築されています。それは私たちの体ですら例外はありません。私たちは自身の体を構築している『マナ』を用いて『魔法』を使うことができるのです」
「じゃあ、その『マナ』ってのが必要なのか」
「はい。魔法は本来妖精が何もないところから風を起こしたり火をおこしたりする現象の研究から生まれたのだといわれています。妖精の体はすべて『マナ』でできていますから。そして、この『マナ』の割合、『結晶率』は種族によって違うのですが、一般的に割合が高いほど魔法への適性が高く、寿命も長くなる傾向があります」
「なるほど。それで、サクラが一種類の魔法しか使えないっていうことは、魔法ってのは習得するのがかなり難しいものなのか?」
「そんなことないですよ。もちろん複雑な魔法だったらそれなりに修練や才能が必要になりますが、簡単なものだったら子供でも理論とコツさえつかめば十分使えます。私の場合は体質的な問題です」
「体質?」
俺が問いかけると、サクラは「はい」と答えて、香茶を少しだけ飲む。
「マナは基本的に何の属性も持たない純粋な魔力で構成されているんですけど、極まれに一種類、もしくは数種類の属性しか持たないマナを持って生まれる人がいるんです」
「それがサクラなのか?」
「はい。そういう人は世間では『色付き』と呼ばれています。その中でも私はさらに特殊で、一種類どころか、一つの魔法しか使えないんです」
そう言ってサクラは苦笑した。
たった一つだけの、サクラの魔法。それは一体どんな魔法なのだろうか。
「なぁ、サクラ。よかったら、俺にサクラの魔法を見せてくれないか?」
お願いすると、サクラは小首をかしげて俺の顔を見た。
「私の魔法を、ですか?」
どことなく歯切れの悪い様子のサクラ。
「だめか? もちろん無理にとは言わないけど」
それでも、俺は少しだけ強引に押してみることにした。
サクラは何かを抱えている。そしてこの反応ではっきりしたが、サクラのたった一つの魔法が、その抱えているものに関係している。今の俺はサクラにとって、ただの居候みたいなものだ。でも、そのままでいたいとは思っていない。せめてサクラの抱えているものを知ることが出来れば、何か力になることだってできるかもしれない。
「いいえ。そんなことはないですよ。ただ一つだけ、約束してほしいことがあります」
「?」
「絶対に私の魔法には触れないこと。魔法を使っている私には絶対に近づかないこと」
彼女の表情はいつになく真剣だった。
「触れない? 毒とかそういう魔法なのか?」
「ある意味、毒よりももっと恐ろしいです」
意味深に彼女はそういうと、家から少しだけ離れた、開けた場所へと案内した。
「離れていてください」
言われるまま10メートルほど離れる。それを確認したあと、サクラは目を閉じ、両手を体の横で広げ、すぅっと息を吸った。
ふわりと俺の足元を一陣の風が撫でる。すると、どこからともなく薄桃色の花弁がサクラの周囲から現れ、やがてその渦は巨大な桜色の奔流となった。サクラはその中心で純白の髪を揺らしながら、静かにたたずんでいる。
俺は呼吸すら忘れてその光景に見惚れていた。
荘厳な光景だった。ここに来てから息を飲むような光景は幾つも目にしたが、この光景はそのどれにも勝るほど美しかった。
やがて、サクラは右手をふわっと上へ振るう。
すると花弁は一気に風に乗って空へと舞い上がり、夢幻のように宙に掻き消えてしまった。
空に昇った花弁がすべて消え去った後、彼女へ視線を下す。
サクラの周囲に生えていた草木が、一本もなくなっていた。
枯れた、とか、ちぎられたとかではない。文字通り、消えていた。ちょうど花弁が渦を巻いていた半径分だけ、そこには地面とサクラ以外、何もなくなっていた。
「これが私の魔法です。私の生み出した花弁は触れたものを文字通り消し去ります。言ったでしょう。毒よりも恐ろしいと」
彼女は何もない中心で、そう自嘲気味に言った。
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