Episode31 大嵐 ※3人称



 実技と筆記の定期試験を終え、待ちに待った成績の開示。

 ロビーの掲示板には、S、A、B、F組に分けられて全校生徒分の名前が連なっていた。

 筆記試験の得点率と実技の評価を踏まえ、下はEから上はSまで評価項目が存在する。

 

 いつもなら。

 B組やA組の生徒はF組の成績を見て笑っているところだ。

 しかし、今回ばかりは違う── 


「うそだろ、F組が全員S+……っ!?」

「お、おかしいだろ!? なんでそんないきなりっ!?」

「F等級がこのあいだS+になったばっかりだって思ったら、今度は全員……!?」


 戸惑う者もいれば、ほら見たかと言わんばかりに笑う者もいる。

 彼らはアスベルに剣術の稽古をつけてもらい、実際に成績アップを果たした者たちだ。

 優しく剣術を説き、等級関係なく指導を施すアスベルはまさに理想のリーダーだった。自信に満ちた表情と、時たま見せるお茶目な部分に親しみを覚える生徒も多い。


 事実──


 学園には、圧倒的な美貌と支配者の風格を兼ね備えるヨハネ皇子派と、庶民派で親近感が湧きながらも恐ろしい速度で成長をみせるアスベル派の二つに割れていた。

 例えば、学園の掲示板に日々目新しい情報をもたらす新聞部では──


「ニュースですぅ! 大ニュースですぅ!! F等級のアスベルさんがヨハネ皇子に宣戦布告!! ゲラマニ理事長が仰っていたのだから間違いないですよ!! 部長!!」

「これは新聞部挙げての一大イベントね! F等級の成り上がり快進撃、立ちふさがる絶対の覇者! 次号の学園記事はエキシビションマッチ一色でいくわよ!!」

「はい!!」


 という白熱の取材魂を見せていたり。

 S組では──


「F等級がヨハネ様に宣戦布告? ちゃんちゃらおかしいですわね。万が一にでも決勝戦まで上り詰められたとして、学園最強の魔導士と言われたヨハネ様に勝てるわけないですわ」

「ああ。俺様もそう思うな。いくらあの男が強くても相手がヨハネ皇子ならば話は別だ。相性が悪すぎる」

「無様に地べたを舐める様を写真に収めてさしあげましょう。ラスティマちゃんの供養にもなるわ」


 魔導剣士と魔導士とでは致命的な相性の悪さがあるため、アスベルの惨敗が当たり前だと揺るがない人々。

 むろん、傍でアスベルの稽古を見ていたS組唯一の成り上がり娘マクロネアはその限りではないが。


「成長ぶりを驚くといい。なんたって彼は、あの剣皇アーサー第一候補に指導を受けていたのだからな」

「なんですって!?」



 ────そうこれは。

 学園に沸き起こる台風だ。

 ただでさえF等級がS+になったというニュースで、学園中が度肝を抜かれた。

 ここでヨハネ皇子に宣戦布告したという噂が流れ、その噂にヨハネ自身が否定しないのだから、話は盛りに盛られて拍車がかかる。

 これは、学園方針の決定を話し合う議会に出席中のゲラマニ理事長にも追い風となった。


「彼は条件をクリアしました! F組全員をS+にすると。上流階級のみなみなさまがた、よもやワタシと交わした約束をお忘れではないでしょうネ?」


 悪魔的な嘲笑を浮かべる理事長。

 焦った表情を浮かべているのは、勢いで約束を取り付けてしまった「等級を重んじる」貴族の方々だ。


「しかし、まだだ!! F組の解体という話は、F等級の少年がエキシビションマッチで優勝してこそ!! 残念だったなゲラマニ理事長、貴様の企てもここまでだ! なんと言ったって、こっちには最強の魔導士たるヨハネ皇子が控えているぞ!!」

「もちろん心得ておりマスとも。しかし──逆に言えばそれは、アスベル・F・シュトライムがあのヨハネ皇子を倒したら、F組の解体と学年の再編が実現するということに他なりますまい?」

「っ!! 詐欺ペテン師め、とうとう正体を表しよったか!! これだから成り上がりはッ!!」

「おやおやおやぁ、酷い言い掛かりだ。ワタシはただ約束をしただけデスよ? 自身の認識の過ちを勝手に他人のせいにしないでくださいマス?」





 

 あらゆる者が、あらゆる場所で思惑を巡らせている中で。

 いままさに、台風の目になっているアスベルは。


(さて、……やるか──)


 これから始まるエキシビションマッチに、心を踊らせていた。



『おまたせいたしました!! エキシビションマッチ第一回戦、一人目の選手の入場です!!』


 いつにも増して興奮冷めやらない司会者の声。

 屋内競技場は生徒たちで超満員だ。

 歓声と拍手が割れんばかりに会場を包んでいる。


『どこまでいくのかこの男! わが聖ハンスロズエリア学園に編入して早々、あの剣皇アーサー第一候補と互角にやりあった新星! 至高の剣士とは僕のことだと言わんばかりの、アスベル・F・シュトライム選手です!!』


 

 ────嵐が、加速し始めた。


 

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