Episode30 始業式 ※3人称
皇宮殿──
サルモージュ皇国建国後、先の絶対王政を打倒した証として建設された巨大な建物だ。
流麗な曲線が描かれた皇宮殿には、皇族や一部のS等級貴族しか住むことは許されていない。
「かわいそうに。わたくしの可愛いヨハネ……F等級なんかにひどい目に遭わされたのね」
「…………
「だめよ。わたくしのことはちゃんと、お母様って呼ばなきゃダメ」
艷やかな声を出す女性。
彼女はヨハネ皇子に、お母様と呼ぶように強要してくる。
ヨハネ皇子にとって彼女は、母親ではない。
皇族にとって始まり。三百年前、暴虐の限りを尽くしていたサストラネガ国王を倒し、サルモージュ皇国の原型を
「お母様。私はそろそろ学校に行く準備をしなければなりません」
「もうちょっとだけ。ね? あぁヨハネ、わたくしの可愛いヨハネ。あなたはなんて美しい顔をしているの。生きとし生ける者はすべて、あなたの目の前で平伏するわ」
ヨハネ皇子は、やや鬱陶しそうにメリアノの手を払った。
年齢はすでに三百を超えている。
二十代のような美しい容姿を保っていられるのは、己が生み出した秘薬のおかげなのだという。
メリアノ、またの名を天原の巫女。
その美貌であらゆる存在を《魅了》し、中距離攻撃の
ヨハネはメリアノの直系の血を受け継いでおり、その美貌も
だが──
ヨハネ皇子は、
(鬱陶しい。この女、いつで始祖の座にしがみついているつもりだ)
始祖のメリアノが三百年もの長き渡り皇族にしがみついていることは、ヨハネのような直系クラスの皇族しかしらない。彼女は始祖という座に味をしめ、品格も感じられないほどの贅沢三昧を楽しんでいた。むろん、金で解決するならヨハネも気にしなかった。
「ねぇ、このあいだ皇宮会議でわたくしに色目を使っていた男がいたでしょ? あの豚みたいなひと。名前は……フリューゲル男爵だったかしら? 彼、気持ち悪いから出禁にしてくれない?」
「
彼女は始祖という立場を乱用し、あらゆる我儘を押し通していた。
一部から、彼女を皇族から追放すべきではないかという声も出ている。
だが、メリアノに対抗できるような能力を持つ人間が少ない。特に彼女が持つ《魅了》は、男であればほとんどの者に効果を発揮してしまう。《魅了》状態にされた者はメリアノの思うがまま動き、どんな命令にだって従ってしまう。
ヨハネは、そんな彼女の《魅了》にかからない数少ない一人だ。
いずれ自分が皇帝の座につけば、こんな女は谷底に捨ててやろうと思っている。
皇族は皇族らしく。
それが彼が抱えている理念であり、絶対的信念である。
逆に皇族らしい振る舞いをしない者には容赦しない。努力を放棄して、権力を振りかざすだけの人間など死ねばいいと思っている。
「────それでは、学園に行ってまります」
「行ってらっしゃい。F等級なんて叩き潰しなさい。あなたならそれが出来るはずよ」
当たり前です、と、ヨハネは笑った。
◇
長期休みが終了し、学園では生徒が登校していた。
大ホールでは、始業式が始まっている。
生徒代表として前に立つのは、学年総合第一位のヨハネ皇子だ。
例年通りの言葉を述べる。
そのあと──
「B組のみなさん、A組のみなさん、そしてS組のみなさん。休み明けの定期試験、並びにエキシビションマッチがあります。今までの研鑽の成果を発揮し、素晴らしい成績を修めてください。間違っても、F組に負けることはないように」
あえてF組は入れない。
誇り高き聖ハンスロズエリア学園に、C等級以下の生徒など必要ない。
始業式が閉幕したあとのこと──
「随分と言ってくれるじゃないか」
F組のリーダーであり、ヨハネがいま最も嫌いな男がいた。
アスベル・F・シュトライム。
めきめきと実力を伸ばし、頭角を現している。
無礼にも皇族に喧嘩を吹っかけてきた。
「あれが普通だ。私は事実を述べたまでのこと。履き違えるなよ、ここは聖ハンスロズエリア学園。名門の貴族学園だ。あなたのように最底辺の人間が来るところではないのですよ」
「最底辺だからこそ、ここに来た意味があると思ってるよ」
「あくまでも大望を抱くというのですね。F等級が」
「ああ。身の程知らずだと言うのならそう言えばいいさ。そのかわり実力で分からせるけどね」
「……相変わらずムカつく男だ」
「お互い様だろ?」
ヨハネは鼻を鳴らした。
「エキシビションマッチを勝つのはこの私だ」
「これまでの僕とは違うよ? 勝つのは僕だ」
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