Episode25 学年第四位



 F組のアスベルが学年第三位のロメリオ・ノーザンに勝利した。

 情報は瞬く間に学園中に知れ渡り、事実を知りたい者たちが大挙としてF組に押し寄せた。

 どうやって勝ったのか、勝ったのは本当なのか、と。半信半疑な者もいれば、「さすがアスベルさん!!」と言って僕のことを信じてくれる者もいる。人数が多すぎて対応するのは大変だったが、僕としては嬉しかった。

 

 他のF組の生徒にも気軽に話しかける人が増えたからだ。

 A組やB組の生徒が、F組の生徒に話しかける。

 勉強のこと、剣技のこと、他愛のない世間話。

 普段ならばありえない。A組がF組に話しかけるなんて、万が一でもありえなかった。

 

「すごいわね」


 ぼんやりしていると、いつの間にかフィオナが目の前にいた。

 

「私達、今までずっといがみ合っていたのよ。F組はF組で、なんであいつらばっかりって暗い雰囲気が漂ってたし、上の組はみんなF組を細菌だーなんて言ってたのに。……すごいわ、これが革命ってやつなのね」

「なに言ってんのさ、まだまだこれからだよ」

「そうね。アスベルの目的は、F等級の子どもたちが笑って過ごせるようにすることだものね」

「うん」

「そういえば、アスベルの革命仲間ってまだ私一人だけなの?」

「え? まぁ、そうだね。メルやユリア、リヒトには話してもいいかなって思ってるんだけど、最近時間が空いて無くてさ」


 放課後はだいたいみんなの剣術の稽古に付き合ったりしている。

 授業の隙間時間に話すのは嫌なので、もう少し時間が経ってからにしようと思っている。


「長期休みのあいだにでも、話してみようかな」


 僕たちは寮生活だから、普段は外に出ることが出来ない。

 長期休みになると実家に帰省できるのだ。

 どこかで時間を作って話すのもいいかもしれない。


 ────と。


「アスベルさん、ちょっとお話したいことが……」


 一人の女子生徒が僕に近づいてくる。

 

「いいけど、なんだい?」

「あの、ここじゃちょっと……」


 頬を赤らめて恥ずかしそう。

 告白かな? 他人事のように考えてしまう。

 

「行ってきたらいいんじゃない?」


 今度はフィオナが不機嫌そう……。


「分かった。ちょっとだけ行ってくるよ」


 教室から抜け出して、女子生徒に誘導されるまま人気ひとけのない場所へ。

 ずいぶんF組の教室から離れるんだな。


「それで? 僕に何か言いたいことでも?」

「は、はい! あの……」

「うん?」

「あの、私のために…………」

「私のために?」

「私のために────死んでくれますか?」


 急に声が低くなり、女子生徒の体が陽炎のように揺らめいた。

 体の一部から黒い影が伸びて、鋭利に尖った先端が襲いかかってくる。

 

 でも、僕は。

 その場から一歩も動くことなく、魔法を撃つ素振りすら見せずに、その攻撃を弾き飛ばした。


「なっ、魔法障壁!? 剣士のくせになぜっ!?」

魔元素マナ量がとても増えてね、魔導士じゃなくても魔法障壁が常時展開できるようになったんだよ。──あと僕は魔導剣士だから」


 魔法障壁とは、その名の通り魔法で作る障壁だ。

 学生レベルの魔導士なら、誰でも使うことができる。ただ作りは単純でも魔元素マナを浪費するため、試合でもここぞというときにしか魔法障壁を展開させない者が多い。


 僕はセラフィネとの契約でマナが増え、魔法障壁を常時張ってもマナ切れを起こさなくなった。


「ところで君、うまいこと化けてるけど魔獣だね。誰に使役されてるだい?」

「────」


 女子生徒の影はぐにゃりと曲がり、凄まじい速さで後ろへ退さがった。

 そこに、見覚えのある女子生徒がいる。


「わたくしのラスティマちゃんの攻撃を防ぐなんて、F等級ゴミのくせに意外とやるじゃない」


 ド派手なカールが特徴的な彼女は、フェメロ・レストレア。確か魔獣を管理する伯爵家のご令嬢で、彼女自身も何頭もの魔獣を使役していると聞いたことがある。

 学年総合第四位の弓使いでもあるはずだ。


「ラスティマって学園に登録できない一級魔獣だね。連れ歩いたらまずいんじゃないの?」

「あなたの方こそどうなのかしら? 狼の魔獣を連れているそうだけど」

「そうか? 一級魔獣ウルフィ。ラスティマよりもメジャーだと思うよ」


 セラフィネの見た目は狼。特徴が一級魔獣のウルフィと酷似しているため、学園にはウルフィとして登録してある。


「痛い目に遭いたくなかったら、今すぐF組生徒を焚きつける行為をやめなさい」

「焚つけ? F組のみんなに勉強を教えて、成績アップのために頑張ろうとしている行為が焚き付けだと言うのか? S組の《高貴なる会レギオン》メンバーは、みんなおかしな事を言うんだね」

「《高貴なる会レギオン》には《高貴なる会レギオン》の、A組にはA組の、F組にはF組の振る舞いがあるわ。身の丈に合う行動をしなさい」

「成り上がりは絶対にゴメンというわけ?」

「そうよ」


 成り上がりを嫌う貴族は、彼女だけというわけではないだろう。むしろ嫌悪派がほとんどで、これが高等級の多数派層マジョリティーだ。


「残念だけどお断りだね」

「なら仕方ないわね、実力行使させてもらうわ」


 にやりと笑みを深めるフェメロ。


「あなたが契約した魔獣、確かセラフィネと呼んでいたそうね。わたくしが奪ってあげるわ!」

「ここにはいないけど?」

「レストレア家の技術を舐めないことよ?」


 フェメロは紫色の魔法印を構築し始めた。

 魔獣を使役している者は、普段から魔獣を連れている場合もあれば、召喚という儀式で強制的に喚び出すこともある。喚び出される前の魔獣は、檻の中に入っていたりするのだ。


 紫色の光とともに現れたのは、水でできた魚だった。

 と思いきや、一瞬でどこかへ消えてしまう。

 

「あの子は【横取りスチール】するときに使う魔獣。指示通りに動いて、学園内にいるあなたの魔獣の体内に入り込むの。意識を奪われ、思いのままに動くわ! 契約を解除させて、わたくしが新たに契約を上書きするのよ!!」


 どう、すごいでしょ?

 そう言わんばかりの彼女に、僕はなんとも言えない感情になった。果たして、それをされたセラフィネがどんな反応をするのか……。


「ほら来たわ!! もうセラフィネちゃんはわたくしのものよ!!」


 唸り声をあげながら狼がやってくる。

 彼女は嬉々とした表情を浮かべ、セラフィネを迎え入れようと腕を伸ばした。

 が──


『よくも余の体に汚い水を入れてくれよったな、クソ女(アマ)よ』

「え……?」


 一級魔獣とはとても思えないセラフィネの覇気に。

 フェメロの顔は、どんどん真っ青になっていった。


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