Episode26 皇帝魔獣のデザートタイム




 唸り声をあげながらやってくる狼の姿をしたセラフィネ。

 あれは間違いなく怒っている様子だ。


「え、なに? どうしてわたくしの【横取りスティール】が効いてないの?」

『【横取りスティール】だと? 余に対して主導権を握ろうなどと、よくもまぁつまらぬことを思いつくものじゃ。しょせんは下賤の者よの』


 狼の体から、勢いよく魚の形をした水が出てくる。

 あれはフェメロが使役している魔獣だ。

 セラフィネの体に侵入し、意識を奪おうとしたのだろうが、どうやら失敗したらしい。


「嘘よ嘘!! 【横取りスティール】技術は一級魔獣だって効果あるはず! F等級が使役できる魔獣を、このわたくしが奪えないわけがないわ!! ありえない!!」

『余はすべての魔獣の頂点に立つ存在。それを、そこらの一級ごとき存在と一緒にしないでくれるかの? 虫唾が走って殺したくなる』

「頂点に立つ……? なによそれ、そんな魔獣聞いたこと……」

『ならば耳をかっぽじってよく聞くがいい。光栄に思え、余の名前はセラフィネ。数百万の魔獣どもを従える皇帝魔獣なり』


 けれどもフェメロは、セラフィネを指差しながら笑い始めた。

 

「ばっかじゃないの? 皇帝? なによそれ、お伽噺のこと? そんなすごい魔獣が、あんなF等級の配下にくだってるって言うの? ちゃんちゃらおかしくてよ」

『なに?』


 やばいな、と僕は思い始める。

 煽られたセラフィネは絶対に己の本性を隠さない。人間とは違って我慢するのが大の苦手で、魔獣の本能が出てきてしまえば無理やり止めないといけない。

 現にセラフィネからは濃密な殺気と、少量ながらも瘴気が漏れ出ていた。


 彼女を止めるか? そう思って体を動かそうとすると、フェメロはすぐさまラスティマで牽制してきた。


「さっきの【横取りスティール】が失敗したのだって何かの間違いよ。もっとちゃんとすべきだったわ」


 黒豹の姿をしたラスティマが二匹に増えている。

 一匹が僕に、もう一匹がセラフィネに襲いかかろうとしている。


「いくのよラスティマちゃん!! あいつの意識を奪い取って!!」


 命令通り、二匹のラスティマは僕とセラフィネに襲いかかる。僕は魔法障壁で防御し、セラフィネは──


(人の姿に戻ってる?)


 それはそれは愉しそうな嗤いを、セラフィネは浮かべていた。


「余に歯向かおうなどと──千年早いわ子犬ども」


 力ある言葉の波動。

 セラフィネのその一言だけで、ラスティマは木っ端微塵に砕け散った。影の魔獣といわれるように、本体はフェメロの影の中に戻ったらしい。どうやらセラフィネの存在に畏怖を感じているようだ。

 

「セラフィネ、言っておくけど──」

「安心せいアスベル。貴様が不利益になるような行いはしない。ただ──少しくらい余の鬱憤を晴らしてもよかろう?」

「……。はあ、分かった。殺さないなら好きにしていいよ」

「クククッ。余は主の許可を得た。存分に貴族の悪心あくたを喰らうとしよう」


 座り込むフェメロはガタガタと震えている。

 腰が抜けているのか、その場から動こうとしない。

 

「なに、魔獣が女の姿に……っ? どうなっているの!?」

「さて、余の遊戯に付き合ってもらおうか」

「わた、わたくしは有名なレストレア伯爵家の令嬢、フェ、フェメロ・レストレアよ!! いや、触らないで!!」

「ごちゃごちゃと煩い女じゃのう。余は魔獣じゃぞ。────さっさと貴様の感情デザートを喰わせろ」

「ヒッ……!!」


 その瞬間、意識を失ったフェメロ。

 どういう原理なのか知らないが、セラフィネに直接感情を食べられた人間はあのように気絶するのだという。そして、食べられた前後の記憶はすべて消滅するという。


「ククッ。この娘豚小屋に捨ててきてやろうか」

「さすがにやりすぎだろ。適当にS組の中に置いてきたら?」

「それだと余の気が収まらぬ。余の主をバカにしていいのは余だけで十分だ。してからに、こやつは便所に捨ててくるとしようかの」

「え、それって男女どっちの……」


 セラフィネはフェメロを持ち上げながら、にやりと笑っていた。


「さあな」


 セラフィネは敵に回したくないなと、つぐつぐ思った。



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