Episode24 ヨハネ皇子 ※3人称


「負けたですって!?」

 

 とりわけ大きな声を出したのは、伯爵家令嬢のフェメロだった。

 彼女はバカにしきったような顔でノーザンを見ている。


「F等級ごときに負けるなんて、S組の名が聞いて呆れますわ。いっそ剣士なんてやめてしまわれたら?」

「俺様は次期当主だぞ!!」

「F等級に負ける当主なんて誰もついてきませんのよ」


 嘲笑するフェメロ。

 彼らのトップであるヨハネ皇子は、いたって平静だった。

 

「そうですか」

「でも、情報は掴んできたぞ。ゲラマニの秘書の一人が知っていた」

「それは喜ばしいことだ。あのF等級はどんなことをゲラマニ理事長と交渉していたのですか?」

「F組の解体だそうだ」


「ふむ……」「なんですって!?!?」


 F組の解体、すなわちF組をなくすこと。

 C等級以下の生徒はF組に押し込まれていた。境目がなくなり、彼らは上位クラスに食い込んでくる。等級を重んじる者にとっては、我慢ならない耐え難い仕打ちだ。


「C等級以下のゴミどもが……F組の存在を感じるだけで吐き気がするのに、奴らが本校舎で学ぶというの!? 冗談じゃないわ!!」

「彼女の言うとおりですね。何としてでも阻止せねばなりません」


 ヨハネは笑う。

 ただ目は笑っていなかった。

 嘲りと憎悪の混じった冷ややかな表情が、辺りの空気を凍りつかせていく。その場にいるだけで並の者は失神しかねない、圧倒的支配者の威圧感プレッシャー

 

 ゴクリッと、情報提供者のノーザンは喉を鳴らす。


「あと、あいつは魔獣を使役していた。能力は未知数だが、もしかしたらその『福音』が飼い主に影響しているのかもしれない」

「ならわたくしの出番ね」


 魔獣を使役できる者だけが享受できるという福音の力。

 少なくても二級以上の強い魔獣でないと、主人に利益のある福音は持たない。

 出番となるのは、ただでさえ数の少ない魔獣使役者のなかでも、トップクラスの魔獣を管理するというレストレア家の令嬢・フェメロだ。


 彼女は幼少の頃に二級魔獣を一匹従え、今では一級魔獣を含めた七頭もの魔獣と契約しているイレギュラーだ。学園が魔獣を使用した試合を許可していれば、彼女は魔獣を駆使して思うがまま蹂躙戦を楽しんでいただろう。

 例え魔獣が使用できなくとも契約した頭数の多さで、フェメロの魔元素マナ量はヨハネ皇子の次に多い。もちろんS組内において、という制限付きだが──


「アスベルとかいう男がどのような魔獣と契約したのかは知りませんけれど、わたくしには魔獣を魅了する美貌と技術を持っていますわ。その魔獣を【横取りスチール】して、福音の効果を解いてさしあげましょう」


 恍惚の表情を浮かべるフェメロの傍に、黒豹を思わせる影が忍び寄る。

 一級魔獣・ラスティマ。

 気配を一切感じさせずに相手の背後に接近し、己の影で絡め取ってじっくり獲物を殺す。

 殺人に特化した魔獣と言われているので、寮内はもちろん魔獣の登録申請の時点で却下された。危険すぎるので学園内に入れないでくれ、ということだった。

 けれどフェメロはラスティマのことが大好きだった。

 だから自分の影の中にラスティマを隠していた。


「では改めて命令を下します」

「はい、ヨハネ皇子」

「あのF等級を潰しなさい。……どんな手を使っても構いません。魔獣の横取り、四肢の欠損。要は目立たず静かになってくれればそれでいいのです。F等級ならF等級らしい振る舞いを身につけるべきだと、教えてやりなさい」

「おまかせください。脳筋男には出来ない最高の成果を、このフェメロめが献上いたしますわ」

「待て、俺様だって殺す気でいけばあんなヤツに──」

「ノーザン、後で話があります。私とともに控室に来なさい」

「……っはい」


 ただこのあと──


 控室に呼ばれたノーザンは、ヨハネ皇子の表情を見てゾッとした。


「あなた、本当にS等級なのですか?」

「なに……を……っ?」


 にっこりと笑っている。

 ただそれだけなのに、ノーザンは背中を這い回る悪寒に耐えきれなかった。


「待て、俺様は確かに失敗した! でも次は、次こそはっ!! だから俺様にチャンスを!!」

「おや、私はどうやらあなたのことを買い被り過ぎていたようですね」


 ヨハネ皇子は魔元素マナを練り始める。

 その暴力的までの魔元素マナ量は、皇族の始祖たる《天原の巫女メリアノ》に匹敵する量だと言われている。魔性な笑みとともに、彼の魔法が起動し始めた。


「【大いなる深海アダムスの底に・レ・かの者は沈むフランジュ】」


 ……ちゃぷんっ。

 どこからともなく発生した水の音。

 水は空中に渦を巻き、やがて渦潮のように目に見える形となって具現化していく。


「……がはっ!! お、許しを……皇子っ!!」


 顔まで渦潮の捕らえられたノーザンは、もう一歩たりとも動けない。

 ヨハネ皇子の魔法の前では、逆らうことなど不可能だ。


「F等級に負かされたS等級など、生きている価値もない、が──」


 魔法が解除され、大量の水とともにノーザンが床へ叩きつけられる。

 むせるノーザンの襟を、強引な仕草でヨハネが掴み上げた。


「ここは一応学園だ。命拾いしましたね、ロメリオ・ノーザン。あなたへの処分は《高貴なる会レギオン》からの追放だけで許してあげますよ」


 凶悪な笑みを浮かべながら、ヨハネはノーザンの体を蹴り飛ばした。

 そして、すべての証拠を隠滅してから、彼は控室を去った。


 

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