Episode17 皇帝魔獣セラフィネ
「本当に来たんだな」
そう言ったのは、大きな体で戦斧を振り回していた男子生徒・クイン。
先刻メルに負けたせいなのか、虫の居所が悪そうである。
「来たのは本当におまえたち二人だけだろうな」
「当たり前や、こんなチンケな男に会うためにか弱い女の子を連れてくるわけないやろ」
「ふん。威勢がいいな。そうでなくちゃ張り合いがない。だから武器を持ってきたんだろう?」
僕は
考えてることは同じなようで、クインとその手下の三人も武器を手にしていた。
「分かってるだろうな。許可された場所以外で実剣の所持は禁止。せいぜい、お互い教官殿に見つからないようにな」
「んなこと言って、おまはんが一番先に教官にチクリそうやけどなぁ?」
「リヒト調子に乗るな」
「えぇぇええ? 煽ったら煽り返せってのが、
リヒトが未練がましそうに僕を見てくるけど、無視。
僕はリヒトを押しのけて前に進む。
「それで、度胸試しっていうのはどんなルールなんだ?」
「洞窟の奥に皇帝魔獣が封印されてる“らしい”場所がある。そこまで行って、この色のついた石を置いてくる。簡単だろ?」
「ルールだけ聞けばね」
度胸試しと言っているくらいだ。
目的の場所に辿り着くまでに、二級や一級魔獣が出てくることを考慮しておくべきだろう。
そういえば、この辺りは他の場所より瘴気が濃い。
重苦しいのだ。
「奥はそんじょそこらのガキじゃションベンちびりそうなくらい、濃密な瘴気に包まれているぞ。せいぜい念入りな準備をしておくことだな」
「助言感謝するよ」
皇帝魔獣かどうかはさておき、洞窟の奥に一級以上の強い魔獣がいることは確かだ。
しかし、なんでまた急に現れたのだろう。
これだけの濃い瘴気に教官たちが気づかないはずがない。
クインの言うとおり、今まで封印されていて、それが今日になって解けかかっているというのだろうか。さっさと終わらせないと、瘴気に気付いたB組のマイゴティス教官やファニオロン教官が来てしまうかもしれない。
見つかったら最悪だ。
「まず俺らが先行してやる。罠なんて仕掛けねぇから安心しな」
「はいはい──」
(と言いつつ、罠を仕掛ける気満々な顔してるな)
彼らにとって、度胸試しという名の憂さ晴らしだ。
さっきはただ牽制してやろうという甘い考えだったが、クイン達の様子を見て気が変わる。口で言うより腕っぷし。やられたらやり返す要領じゃないと、ああいう連中は何度でも同じことを繰り返す。
いい機会だ。
あのときはメルの囮役だったので、僕はほとんど目立っていないし。
十五分後──……
「なぁ、ちぃっとばかり遅いんとちゃう……?」
「念入りな罠を仕掛けてるのかも、とは思うけど。なんか嫌な予感がするな」
「奥に封印されている魔獣ってホンマに……」
そのとき、外までクインの悲鳴が響いていた。
尋常じゃない声量だった。
「やめて、やめてくれッ!!!」
「俺が、俺が悪かったがらぁああ!!」
リヒトと視線を交わし、洞窟の奥へ。
どんどん瘴気が濃くなっていく。
一応、リヒトには自分自身の身を守れるように水の魔法を自身にかけておくよう指示を出す。回復系の魔法属性は水と氣の二種類のみ。瘴気を浄化するには氣属性のほうが効果的なのだが、あいにくリヒトには適性がない。
僕は大丈夫だ。魔法剣・
それでもきついけど──
「クインっ!」
飛び込んだ奥は、少し開けた場所になっていた。
クインと手下の三人は、壁や地面にめりこんでいる。全身は血だらけ。かろうじて息をしているが瀕死の状態だ。
僕は、中央に立っていた一人の少女を見た。
「おお、ようやく目の前に現れよったか。新たなる革命の申し子よ。三百年間、指をくわえて待っておったぞ」
ゆるいウェーブの巻かれた、地面につくほどの長い銀髪。
上質に仕立て上げられた服は華やかで、いっそ上流貴族の令嬢を思わせる。
美しく整った顔は、けれども邪悪すぎる感情によって歪められ。
辺りは、すべてを腐食させうる濃密度の瘴気に満ちていた。
「……リヒト、動けるか?」
「な、なんとか。しかしなんやあのべっぴん姉ちゃん。こんなとこで一体何を──」
「あれが皇帝魔獣だ。この瘴気を発生させている元凶だよ」
「な────ッ」
「いかにも。余に用があるのは、
その威圧感だけで。
少女は辺りに暴風を起こし、動かなくなったクインたちを外へと吹き飛ばした。
「リヒト、ここは僕に任せてくれ」
「な、なんで俺がアスベルを置いていかなあかんねん!!」
「早く行ってくれ。あと10分もすればクイン達は腐り、新たな魔獣を生み出す餌となる。だから、早く!」
魔獣の瘴気は人間を腐らせる。
一級魔獣では数時間と言われているが、少女から放たれる瘴気は数十倍の高濃度だ。水属性の回復魔法が扱えるリヒトなら、とりあえずの応急処置ができると判断している。
僕の鬼気迫る表情に、リヒトはその場から早足で脱出した。
よかった──と僕は安心する。
(魔法剣の加護があるから、大丈夫かと思ったが……)
正直ギリギリだ。
息苦しい。
でも相手に弱みを握られないように、僕は努めて平静な声を出す。
「質問してもいいんだよな」
「よいぞ」
「三百年間僕を待っていたとはどういうことだ? なぜここで封印されていた?」
「前者はその言葉通りよ。余は、強すぎる故にいつも暇を持て余しておる。じゃから、自らの体に封印を施した。新たな革命の申し子が再来するそのときまで。いずれ
「革命の申し子とは天性者のことか?」
「いかにも。先代の天性者、ラドルフ・F・シュトライムは余の理解者であった。剣を扱えているということは、貴様はその子孫じゃな?」
ラドルフのラストネームが、僕と同じシュトライム。
偶然とは思えない。
でもこの場で嘘を言うような相手でもないだろう。
異常なまでの瘴気の濃さや、一級魔獣すらかしづいてしまいそうな緊張感。背中を這い回る悪寒が、彼女の格の高さを表している。
「先代の天性者が僕の祖先だっていう話は、まぁ納得した。でもどういうことだ? どうして魔獣の君が人間の下僕になんて成り下がった?」
「下僕、じゃと──?」
彼女は可愛らしい顔を凶悪に歪めて嗤い始めた。
「余とラドルフは利害が一致しただけのパートナー。それを、どこぞの飼い主と犬のような関係性に捉えられるとは……余の風格も落ちたものよ。時代の移り変わりとは何と残酷か」
「利害の一致? それがもしかして、さっき言ってたカタルシスと関係があるのか?」
「さよう。余がもっとも好むのは、人間どもの喜怒哀楽に満ちた感情を鑑賞すること。特に、絶望や猜疑心は最高の
確かに高位の魔獣になれば、人間の感情を理解することが出来る。そのなかで、感情をたくわえてエネルギーにするような異常種がいると聞いたことがあるが。
「どうにも理解できないな。ラドルフは、どうやって君に極上の
「なぁに簡単なことよ。革命とはすなわち戦争。絶対王政時代、己の欲で肥え太った王族の豚どもはそこら中に転がっておった。その豚どもが、下級市民だと舐めていたラドルフとその仲間たちに、泣いて叫んで許しを乞う姿ッ! ──あぁ愉快滑稽至極無様、あのような最高のショーを見たのは初めてじゃよ!!」
少女は、さも愉快そうにケラケラと嗤っていた。
紫色の濁った瞳が、きゅぅと瞳孔をすぼめて僕を見下ろす。
「今回も期待しておるぞ、ラドルフの子孫よ。余の名前はセラフィネ。最高にして最凶の皇帝魔獣なり──」
「なるほど。つまり、君は最高のディナーショーを拝めるなら僕に協力してくれるってことか」
「そうじゃ」
「じゃあ僕の結論を言おう」
シュラ……ッ。
剣を抜く音と、セラフィネに肉薄する瞬間がほぼ同時で。
「協力じゃ足りないね──」
思い切り、剣の腹でセラフィネを壁に叩きつける。不意をつかれたセラフィネは、目を丸くしながらも力を出そうと手をのばす。が──
その寸前に、僕は
「【
「なぬっ!?」
とりわけ瘴気との相性がよく、魔獣にはよく効く。
セラフィネは攻撃をもろに受け、青色の血を吐きながら地に伏せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます