Episode18 嗤う皇帝魔獣は天性者にかしづいて

「人には優しいつもりだけど魔獣に優しくする義理はないんだよ。求めているのは協力ではなく絶対の忠誠。皇帝魔獣? そんなの関係ないさ。僕はアスベル・F・シュトライム、Fの名を持つ一族の一人だ」


 剣先を、セラフィネの喉元に向ける。

 自分で封印を施したとはいえ、本調子ではないことは察しがついていた。彼女は己に絶対的な自信がある。それゆえに、不意打ちがよく効いた。


「さあ、どうする? 僕の命令に絶対に背かない犬と成り果てるか、それともここで殺されるか。選ぶといいさ」

「…………ククッ」

「?」

「あぁ痛い。三百年ぶりの痛みじゃ。そうじゃな、そうでなくては魔獣人生面白くない。すっかり忘れておったわ。いいだろうアスベルよ、余は貴様が気に入った。その不遜な態度と実力に免じて、協力ではなく完全な下僕となる契約を結んでやろう──」


 そう言って、セラフィネは僕の手を掴んだ。

 とても聞き取れないような小さな声で呪文を唱え始める。


「え、これなに──」


 腕に不気味な文様が出来上がった。

 おどろおどろしくて驚いてしまう。


「絶対服従の証、呪いとでも言っておこう。この契約は、余の心臓の一部が組み込んである。余が反抗的な態度をとれば、これで制限をかけることもできる。もちろん、やろうと思えば思いのままに動かすことも出来るぞ」

「いやそれ、忠誠じゃなくてもう奴隷みたいな……」

「構わん、これくらい無いと貴様も怖かろう。本調子に戻った余ならば、何万人もの人間を殺すことも容易い。じゃからその保険じゃ」

「なるほどね」


 僕がやりたいのは人殺しじゃない。

 そういう意味で、契約の存在はありがたかった。

 ただ……この微妙な契約文様の位置……。長袖だと気にならないけど、半袖だと何かしら隠す必要がありそうだ。これから暑くなる時期だっていうのに。


「ちょっと待て。契約ってことは四六時中一緒にいるのか?」

「当たり前じゃろう。それともなにか、放し飼いのように余を野放しにしておくのか? それじゃと余が契約を結ぶ意味がないじゃろう?」

「でもその姿で僕の近くにいられるのは困るよ。学生じゃないし。あと瘴気は消してくれ」

「面倒くさい男じゃなぁ! 仕方ない、姿を変えてやろう!」


 そう言って、セラフィネはみるみるうちに狼になった。

 銀色の体毛が美しい。

 彼女らしい姿だ。

 瘴気も消えている。


「うんまぁ、本当は猫とかハムスターとかもっと小型な動物とかペットになってほしかったんだけど。檻の中に入れられるし……」


 アァン? という目で見られたので、一応これで及第点にしておく。

 明日から、この狼と暮らすのか……。

 学園の魔獣登録申請どうしよう。

 さすがに「皇帝魔獣セラフィネです」なんてバカ正直に書けないし。


(まぁいいや。とりあえずクイン達の様子を見に行こう)


 そう思いながら、僕は洞窟の外へと急いだ。

 クインの手当をするために。

 

 洞窟の外にいるクインと手下の男子三人は、セラフィネの攻撃にやられて全身血だらけだった。瘴気にやられて腕の先の腐食が始まっている。リヒトは必死な形相でクインたちの処置にあたっていた。


「アスベル!? あいつは、あの皇帝魔獣はどうしたんや!? やっつけたんか!?」

「ま、まあ倒したっていうか……手懐けたっていうか。──それより、クインたちの様子は?」

「あかん、瘴気が濃すぎる。俺の魔元素マナじゃ足りんわ」


 苦渋の表情を浮かべるリヒト。

 そのとき、リヒトに見えない位置でセラフィネが近づいてきた。


『貴様はあの技は使えぬのか?』

「使えるけど、僕はそこまで魔元素量が多くないんだ」


 編入試験の際、実技の評価はA+だった。

 攻撃S+

 敏捷性S+

 魔元素量B

 だったと思う。平均よりは高いが、学園全体でみたら中の上程度。魔導剣士としてやっていくにはギリギリの魔元素マナ量だった。


『なら試してみよ。余と契約した今なら、貴様の魔元素量は数倍に跳ね上がっているはずだ』


 皇帝魔獣セラフィネが笑っている。

 僕は半信半疑で、腕を伸ばした。


「主よ、かの者を腐の空気から浄化せよ。【ヒーリング】!!」


(なんだ、これ…………ッ!!)


 腕にある契約文様から莫大な魔元素マナが溢れ、血管という血管を通って全身を巡る。沸騰したかのように体が熱い。心臓が早鐘をうち、魔元素マナの奔流がクインたちの体に降り注いだ。

 

「すげぇ。氣属性の浄化魔法みたいや。アスベルの適性魔法って陰と火だけやなかった? 水属性の【ヒーリング】苦手とか言ってなかった?」

「あぁうん。まぁ……練習したから、かな」

「そっか。それより、この調子で俺も応急処置進めるわ」


 急激な魔元素量の増加にも、リヒトは気にした様子を見せない。

 僕の適性魔法は陰と火属性。適性が無くとも基本属性なら全部使えるが、やはり適性無しのハンデが大きくて初歩的な魔法を使うのが限界だ。水属性の、それも魔元素マナの絶対量がものをいう回復魔法は特にダメで、大の苦手だった。

 

 セラフィネとの契約のおかげ、だろうか。

 クインたちの浄化と応急手当も済んだ。あとは保健の先生シェリーに言えば綺麗サッパリ治してもらえるだろう。

 そう思った僕の近くに、さっきまで離れた場所にいたセラフィネがやってきた。魔獣なのでどうも氣属性や浄化関連の魔法が苦手らしい。


『《皇帝の福音》じゃよ。余の心臓の一部を練り込んで貴様の腕に契約文様として刻んだじゃろう? あれのおかげで、皇帝の莫大な魔元素マナの一部が貴様のものとなった。喜べ』

「ありがとうセラフィネ」

『なぁに、余にとっては些細なことよ』


 おかげでクインたちを救うことができた。

 目的のためなら手段を選ぶつもりなんてないけど、見殺しにしたいわけじゃない。

 

「とにかくこの三人を運ぶ。セラフィネ、君には一番デカい体のクインを頼みたい」

『下僕使いの荒い主じゃな。仕方ないの』

「僕はこの二人を、リヒトはアイツを頼む」

「わ、分かった……!! てか、なんやその狼ッ!? なんかいま喋らんかったか!?」

「詳細はあとで話すよ」

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