Episode14 メルさんとの賭け


 魔獣を討伐した証である宝晶ほうしょうは先生に預け、僕はフィオナとユリアとともに夕ご飯を食べていた。

 食堂だけはB組と共同で使う場所なので、とても綺麗だ。料理も美味しい。


「すごかったね、アスベル君……」

「ありがとう。今まで頑張ってきた甲斐があったよ」


 褒められたら嬉しいもの。

 僕は照れを隠すように、口いっぱいに肉を頬張る。

 ……美味しいや、この肉。

 学園に来るまでは、シェリーの稼ぎがあったとはいえ贅沢なものは食べられなかった。貴族たちは、こんな美味しいお肉をたらふく食べているのだろう。


 ふとフィオナの方を見てみると、口もとにソースがついていた。


「ついてるよ」

「え?」

「フィオナ……取ったげる……」

「あ、ありがと…………ふふっ、ちょっとくすぐったいわ」

「動いちゃだめ……取れない……」


 ユリアがハンカチでフィオナの口もとを拭くって……。

 どっちがお姉さんだか分かんないな。

 本当の姉妹ではないけど。


「そういえばメルさんは?」

「あれ? そういえば、部屋に戻ってから行くって言ってたわよね」

「……見てない……」


 魔獣使役と魔獣討伐の授業で、メルさんは目立った成果をあげていない。少し気になった部分があったので、ここに来たら話をしようと思っていたのだ。

 

「何か話でもあるの?」

「うんまあ。仲良いし二人なら聞いてもいいかな」

「なに?」

「メルさんってどうして人と喋れないの? ずっと怖がってる」


 喋らないだけならいいのだが、目すら合わせない。

 怖がっているのがすごく伝わってくる。

 

「今日の授業は個人種目だったから良いけど、明後日のチーム戦には支障が出ると思う。彼女自身も肩身の狭い思いをするんじゃないかって思ってるよ。昔、何かあったの?」

「あぁ、それがね……」


 フィオナはユリアと顔を見合わせて、渋い顔をしている。

 

「実は……私達もよく知らないのよ」

「知らない? フィオナとユリアとメルさんって、いっつも喋ってるよね」

「私とユリアは高等部からの入学したんだけど、そのときF組にいた唯一の女の子がメルだったの。仲良くなれたけど、私もユリアも本人が言いたがらない過去の詮索はしない主義だから、深く知らないのよ」

「そうなんだ……」


 女子一人っていうのはさぞ寂しかっただろう。

 

「じゃあメルさんは今までずっと女の子の友達がいなかったんだ」

「そうでもないらしいのよね」

「というと?」

「メルは中等部から学園にいるらしいんだけど、そのときのF組には7人くらい女子生徒がいて、メルもその子達の輪に入ってたらしいの。副リーダーリヒトの情報よ」


 中等部まではリヒトがF組のリーダーだった。

 クラスメイトの状況は把握していたのだろう。


「でもメルと仲が良かった女の子が全員、急にメルを無視するようになったんだって」

「いじめ?」

「だと思うわ。当時の先生はF組のいじめなんて気にしてなかったし、メル以外の女の子は高等部に進学せず卒業しちゃったから、真相は誰も知らないの」

「それで人間不信に……」

「私がいれば、いじめっ子なんて退治できたのに」

「うん……わたしも一緒に退治してた……」


 二人なりに、メルさんのことを心配していたのだろう。

 僕も心配している。

 話しかけようとしただけで体が震えるというのは、これから先も苦労する。しかもどうやら、人間不信な面が原因で協調性がないと教官達から判断されているという。

 F組のなかでは総合成績が一番低いのはメルさん。確かDだったはず。Eを取ったらその時点でアウト、Dは連続で取ると要注意生徒として見られてしまう。このままだと成績不足で退学になってしまう。


「どうしようかな」

「もしかしてメルを何とかしようって思ってるの?」

「まぁね。もちろん、F組から退学者なんて出したくないっていう理由があるんだけど、それよりも……せっかく実力があるのにもったいないよ」

「実力? 確かにメルはすばしっこいけど」

「魔獣の討伐数を競ってたとき、僕はメルさんのことをずっと見てたよ」

「あんなにガルフを討伐しておきながら、メルのこともチェックしてたっていうの? はぁ……どれだけ視野が広いのよ」


 ……あれ、なんかため息吐かれてる?


「それで……? アスベル君のメルに対する評価は……?」

「あ、私もそれ聞きたいわね」

「無駄な動きは多いけど、とにかく潜在能力ポテンシャルが高い。魔元素マナ量はユリアと同じくらいあるだろうし、敏捷性はフィオナと同じくらいあるね。攻撃力はほどほどで、抜きん出てるのは気配を殺せるところかな」

「確かに、メルっていつの間にか後ろに立ってたりするのよね。あれってそういうところから来るのかしら。ちょっとびっくりするのだけど」


 奇襲攻撃をやらせれば、メルさんの右に出る者はほとんどいないだろう。ただチーム戦だとそうもいかない。

 人間不信の面が強く出ていて、コミュニケーションが図れていない。ガルフ討伐のときも、メルさんは実力を出せていなかった。F組やB組の生徒たちの目を怖がるように、ほとんど物陰に隠れていたのだ。


「ちょっとメルさんのところへ行ってくるよ」



◇ 



 部屋を覗いてもメルさんはいなかった。

 もしかしたら外かもしれない。

 パッと見たとこと双剣がなさそうだ。

 身長の低いメルさんは、どうしても間合いという意味で狭くなる。かといって無理に大きな剣を持とうとすれば、身の丈に合わず扱いづらい。その点で双剣は、間合いというデメリットを上回る防御性能がある。小回りもききやすい。


 訓練場に向かってみると、メルさんが剣を振るっていた。


「やぁ……! やぁ、っ!」


 目にも止まらない連続攻撃。

 やっぱり速い。


「すごいね」

「ひぁ……!?」


 離れた場所から声をかけたんだけど……。

 メルさんは予想に反して僕から三メートルも離れてしまう。


「な、なんの……よう、ですか……?」

「一人でここに来た理由を知るために。今のメルさんを見たら分かったよ。自分のことを責めてるんじゃないか。ユリアがベノムに襲われたとき、一歩も動けなかった自分にムシャクシャしてるんじゃないかなって」

「…………」


 図星かな。

 メルさんは唇をきゅっと結んで俯いてしまう。


「ねえメルさん、僕と賭けをしないかい?」

「賭け……?」

「そう賭け。僕が勝ったら君は僕と友達になる。君が勝ったら、もう二度と話しかけない。もともと話しかけられるのも怖かったんだろう?」


 コクンっ、と頷いている。素直でよろしい。

 

「この賭けに乗るメルさんのメリットはこうだ。勝負如何関係なく、君はもっと明るくて社交的になって、フィオナやユリアからも頼られるようなすごい剣士になる、可能性がある。もちろん賭け自体に興味がないのなら却下してもいいよ」

「……。アスベル君のメリットは……なんですか?」

「F組が強くなることさ」


 メルさんは驚いているように見えた。

 

「僕にはやり遂げないといけない目的がある。その第一歩として、F組全員の成績を最低でもS+にして、あらゆる意味でA組やS組を下すような最強のクラスにならないといけない。メルさんはかけがえのないF組の一人だよ」

「S+に!? そんなの無理に決まってます……っ!! フィオナちゃんだってまだA+なのに……っ!」

「できると思ってるよ。なぜならここはF組だから」

「……? どういう意味ですか……?」

「F組は誰が集められたクラスなんだい?」

「えと……C等級以下の生徒です……」

「半分正解。答えは庶民枠という超絶狭い入試試験をくぐり抜けてきた、C等級以下の天才・秀才たちだ」

「あ……っ」


 僕は念押しする。

 

「君だって中等部の入試試験を突破できた優秀な人だ。でも周りからF組は差別されてる。F組だ、細菌だ、汚い。そんな言葉に耐えられなくなって、どんどん周りの目が気になるようになった。成績だってほら落ちるよね」

「……アスベル君って人の心が読めるの……?」

「まさか。僕はただ、自分がそうだったからそうじゃないかなって予想しているだけだよ。なんたって最底辺のF等級だからね」


 メルさんの顔つきが変わった。

 

「賭けの内容は……?」

「明後日の森の探索、B組との対戦形式になっている。主将をメルさんが倒す、でどうかな」

「そ、んな……っ!?」


 指定されたルートに従いつつ、決められた魔法具を探してゴールまで運ぶ。

 ただ、これはただの探索ではない。罠、待ち伏せは問題なし。屋内競技場のように監視撮影機カメラはなく、反則すれすれの行為だってやろうと思えばできる。


 ちなみに今回のパーティは、フィオナ、ユリア、僕、リヒト、メルさんの五人。

 相手パーティの五人はあらん限りの妨害をしてくるだろう。

 主将を倒すことをメルさんに任せたい。


「それじゃあ賭けの意味がありません。私がわざと負ければそれで終わりです!!」

「おっ。やればできるじゃん。メルさん、いま僕の目を見て”否定”したよね?」

「あ……」


 メルさんはいま初めて、僕と目を合わせ、大きな声で訴えた。

 僕が狙っているのは、メルさんに自信をつけてもらうこと。

 人間不信だけでなく、自分に自信がないのだ。悪いことはすべて自分のせいで起こると思い込んでいる。今までのメルさんの行動を見れば、それくらい察しがついた。


「君がわざと負けるようなことをする女の子だとは思ってない。どうやって勝つかを考えてほしい。僕もできる限りのサポートをする」

「あ、あの……アスベル君……」

「少しずつ慣れていこう。人と目を合わせて喋れるように。そしたら、物事はすべて上手くいくよ。あ、賭け事に乗るか乗らないかは、あとで答えを聞きに来るよ」


 メルさんに手を振って、僕は帰った。

 

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