Episode13 差別される秀才たち




 F組に真面目な授業をしてくれるのは、F組の担当教官であるファニオロン教官しかいない。それ以外の教官はテキトーオブテキトーで、特に実技の授業に関しては酷いものがあった。


 実技とは全く関係のない教官が指導する。しかも毎回教官が変わる。

 一番酷かったのは、もともと貴族階級向けに音楽の授業をしていた女性教官がやってきたときだった。やれとりあえず素振りをしておけ、やれとりあえずグラウンドを走れだの。実技の指導書をとりあえず読んできただけとしか思えない。


 教官の授業配置の仕方、F組に対する扱いの雑さには悪意がある。


 これでF組の成績が振るわないのは当たり前だ。優秀な彼らが軒並み伸び悩んでいるのは、こういう「いまいちモチベーションが保たれない環境」にある。

 

 僕はこの学園に来てからというもの、ある目的を掲げていた。その目的のために、ひとまずはF組の生徒を観察していた。

 

(伸びやすそうな一人目はユリアさんかな……)


 ユリアさんの実技の成績はA-。

 魔導士としての才能にあふれていると思う。この事に関しては、魔導関係に詳しいシェリーからも意見を仰いでいた。

 曰く、ユリアさんの弱点は冷静に見えて実は怖がりなところ。三級魔獣ベノムの契約に失敗したのは、フィオナと喧嘩したのが一番の理由ではあるが、それでもベノムへの恐怖心を捨てきれなかったという。


 あのときは僕もシェリーもフィオナもいたから、ユリアさんは襲われずに済んだが、今度また同じような事が起こるかもしれない。

 魔導士を目指す以上、魔獣との戦闘は避けられない。フィオナの背中を守るという昔の約束があるのなら、なおのことだ。


 僕はメルさんやフィオナにも手伝ってもらって、ユリアさんの稽古場を見せてもらっていた。


 魔導学論によると、魔法の種類は主に七つある。

 基本四属性の水・火・風・地。

 高位三属性の光・陰・氣。

 魔導士でなくとも適性属性というものがあって、常人は一つか二つだ。三つ扱えればすごいやつと思われ、四つ以上となると達人の粋を超えるという。


 ユリアさんは基本的に水と氣に適性がある。常人ならこれで終わりだが、彼女はこれプラスに光も適性があるとシェリーは言っていた。

 水と氣は癒しの属性だが光は攻撃属性だ。

 自由に扱えれば基本四属性を簡単に凌駕する攻撃力を持つ。

 

「わたしが光属性を?」

「そうだよ」

「できるかな……」


 ユリアさんは戸惑った表情を浮かべていた。

 属性ごとに呪文や魔法印の形成手順、心象が違うので、今から新しい属性を覚えることに抵抗があるのだろう。


「シェリーも手伝ってくれるし、大丈夫だよ」

「シェリアヴィーツ先生が? 魔獣薬学の先生なのに?」

「昔は本当に魔導士だったらしいよ。火、水、光、陰属性に適性があるって言ってた」

「そんなに……っ!? でも……そんなすごい先生に、わたしなんか教えてもらえるな……?」

「シェリーはああ見えて優しいから、大丈夫だよ」


 シェリーはとても面倒見のいい女性ひとだ。

 しょうがないねェが口癖で、結局引き受けてしまう。傭兵をしていたときもそうだったらしい。


「先生に聞いてみる。頑張って光属性の魔法を習得する……」

「その意気だ。フィオナに心配ばっかかけていられないもんね」

「…………っ!!??」


 なぜかユリアさんの顔が真っ赤に。

 バレてないと思っていたらしい。

 僕は笑ってしまった。


「頑張ってね」

「…………アスベルくん」

「ん?」

「ありがとう。わたしがフィオナと喧嘩してるとき、フィオナの傍にいてくれた……」

「お礼を言われるようなことはしてない。仲直りできたのは、君たち自身がちゃんと互いに向き合ったからだろう?」

「うん。でも……ありがとう……。わたしのこと、ユリアって呼んでいいよ……?」

「そう? じゃあそうしとく。ユリア、これからどんどんF組をもり立てていくから、よろしくね」

「うん……!」


 はにかむユリアはとても愛らしい。

 美人の笑顔は破壊力があると聞いたけど、まさしくその通りだ。


「よーし、おまえら集まれー」


 B組の担当教官であるマイゴティス先生が集合をかけていたので、僕たちもそれに応じる。

 魔獣との戦闘訓練をする合同授業だ。

 

「これから森のなかに入って、三級魔獣ガルフを討伐してもらう。魔獣避けの結晶石が張ってあるからって、気を抜かないように」


 一定レベル以上の瘴気を持つ魔獣を入ってこれないようにする仕組みだ。結晶石は一般的な魔獣避け魔法具で、お金さえあれば誰でも手に入る。

 

「ガルフは一級魔獣ウルフィと酷似している。専門的な特徴を除けば、瘴気の濃さくらいしか違いがない。だから、結晶石の範囲外にガルフがいたとしても絶対に手を出すなよ。間違ったら死ぬぞ」


 マイゴティス先生は強気な女性教官だった。武術の腕も相当あって、B組の第5Grのみんなから慕われている。だがその優しさは、僕たちF組には向けてくれなかった。


「F組はB組の邪魔だけはしないように。あぁあと、ガルフを何匹討伐したかなんて報告しなくていいからな。どうせ大した数じゃないんだし」

「マイゴティス先生、それは差別ではありませんか?」


 僕が食いつくと、先生はにやりと笑った。


「差別? むしろ特別扱いだと言ってほしいものだな。何匹討伐したか聞かないということは、悪い成績はつけないということだ」

「逆に良い成績だってつけないということですよね」

「頭が回るじゃないかアスベル君。そうだよその通りだ。F組はとにかく他クラスの邪魔さえしなければいい。目立たず大人しく。処世術ってやつだよ」


 ……これがF組に向けられる洗礼か。

 合同授業なんて経験したことがなかったから、特別意識もしていなかった。でも、これがF組の実態なのだ。

 せっかく名門学園に入学できても、等級が低いってだけでF組になり、こんな仕打ちを受ける。中等部からF組にいるリヒトは慣れているのか、小さく笑っていた。


「まぁまぁセンセ、アスベルも悪気があって言ってるわけやないんやから」

「ふん、さすがリヒト。分かっているじゃないか」

「伊達にF組のリーダーやってませんでしたし」


 もう話す気はないのか、マイゴティス先生は向こうに行ってしまう。

 先生はB組の担当教官だ。

 F組に構っている暇などないのだろう。


「あんなこと言われて悔しくないのか、リヒト」

「ほら嫌やで? 嫌やけど、差別があるって分かってて学園に入学したしな。諦めって言うの? ずっとここにいると慣れてくんねん」


 リヒトは乾いた笑いを浮かべている。

 本当にそうなのだろう。

 F組の男子はみんな、諦めたような表情で毎日を過ごしている。入学試験は優秀だ秀才だと言われて入ってきた彼らは、こんなに差別されて嫌になってのだろう。自暴自棄ともいえる。

 同情する。

 と同時に「何かしなければいけない」と強く感じた。


「まずは死にかけのF組を鼓舞するところから。そのためには、存在をアピールしないと。このクラスには唯一無二の強いリーダーが必要だ」


 ──そして森に入った僕は。

 三十二匹もの三級魔獣ガルフと結晶石の範囲外にいた三匹の一級魔獣ウルフィを蹴散らした。マイゴティス先生の目の前に、魔獣との戦いに勝利した証である赤色の宝晶ほうしょうを大量にばら撒く。


「……っ」

「どうですか、マイゴティス先生。B組の邪魔はせずに、魔獣を蹴散らしてきましたよ」


 マイゴティス先生は、苦虫を噛み潰したような顔で僕のことを睨んでいた。

 

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