Episode08 あのときの屈辱を ※3人称


「いけヴェルディ、F等級なんてぶっ潰せッ!!」


 先行したのはアスベルだった。

 持ち前のスピードを生かした速攻。剣を振るうスピードは学年のトップクラスを争うほどで、突き、払い、重心の動かし方は絶妙という一言に尽きる。

 もちろんヴェルディの流し方は美しく、隙のない構えには華があった。

 それでも、いやだからこそ──

 アスベルの攻撃スピードと迫力は、会場にいる生徒たちの舌を巻かせるほどだった。


「ね、ねえ……F等級ってあんなに強いの?」

「ヴェルディ様が手加減してるだけじゃない?」

「だからって、あんなに……」


 その瞬間、ヴェルディが強烈な一振りでアスベルを払いのけた。

 軽い体は簡単に吹き飛ばされ、隅っこの方に転がる。

 けれどアスベルは、完璧な受け身のとり方でダメージを最小限にとどめている。


「おいヴェルディ!! なに手加減してんだよ!!」


 傍観していたケルトが、怒声をあげた。

 

「俺が見てぇのは、ゴミF等級が足腰立たなくなるくらいボコボコにされる姿だ!! 俺の命令通り動けよクソがッ!!」

「お言葉ですが、ケルト様」

「なんだ、言ってみろッ!!」

「確かに手加減はしておりますが、常人ならこの程度の力で十分倒せる自負があります。けれど彼は倒れていない」

「アイツが実力者とでも言いてぇのか!? んなわけねぇだろ、相手はF等級だろうがッ!!」

「彼の実力が低くく見えるのなら、あなたはそれだけの人間ということになりますよ、ケルトさん」

「なっ……!! 俺はケルト商会の御曹司だぞ!? 親父に言いつけて、おまえの後見役を放棄することも出来るんだからな!!」

「どうぞ、ご自由になさってください。──あとできれば、野外の者は黙っていただけますか」

「ヒッ……」

 

 ギロリ、と。

 ヴェルディの圧力プレッシャーをもろに受けたケルトは腰を抜かした。

 

「じゃあ、再開するとしようか。ここからは、ちょっとだけ本気を出させてもらうよ」


 ヴェルディはスピードをあげて攻撃を開始した。

 アスベルもアスベルで、全力でそれを受け止める。

 譲らない両者。

 永遠に続くかと思われた勝負は、次の瞬間、突然鳴り響いたハウリングによって終わった。

 司会進行をしていたセントツベーナから、ケルトがマイクを奪い取った音だった。


「……ざけんじゃねぇ、なにが『彼は本物だ』だ。そこにいるのはF等級だぜ!? 家畜にすら及ばないゴミみたいな存在なんだぜオイ!! なぁ、おまえらもそう思うよなっ!?」


 呼びかけられた生徒たちは、一様に困惑していた。

 ヴェルディと対等に渡り合うアスベルのことを、ゴミと罵っていいものかと。

 反応を返さない生徒たちに、ケルトはますます青筋を立てる。

 

「だんまりかよ! いいぜ、分かった! ──おいセントツベーナ! おまえがこのポンコツの代わりにボコボコにしてやれ!!」

「おっと、よろしいのですか? この道化の身で。本日はヴェルディ様の実力をみなに見せつけるチャンスなのでは?」

「本人にやる気が無いんならやってもしょうがねぇだろ!」

「分かりました」


 マイクから木剣にかえ、セントツベーナは嫌味な笑みを浮かべていた。


「若輩者ながらもこのワタクシ、セントツベーナがお相手いたします。まぁ、F等級に負けるはずありませんけどねぇ」


(よかった。アイツは昔とぜんぜん変わってない)


 アスベルは安心していた。

 あのときと何も変わらない。

 こっちの気持ちなんて知らずに悪役に仕立て、観客を言葉巧みに囃し立てる道化師。

 闇営業でどれほどのお金を儲けたのだろう。F等級を「勇者」に殴らせるショーを、あれから何回やったのだろう。

 何人、僕のように泣いた人がいたのだろう。


(みんなかわいそうに……)


(僕が終わらせる。誰も、勇者になんて殴らせない)


(“F”の男だから──)


「いひひっ。F等級のくそガキをこの手で叩きのめすことができるなんて、進行係として良いんでしょうかねぇ。ええいいですとも!! 今日の主役はこのワタクシ!! 『勇者』となって、思う存分悪いやつをこらしめてやりましょう!! いひひひひひひひひひっ!!」


 奇声を発しながら突っ込んでくるセントツベーナに、アスベルはにやりと笑みを見せた。


「【魔元素解放リリース】────」


 魔元素マナ伝導率の低い模擬剣に、冷たい青の光が宿っていく。



「おい、アイツまさか───」

「嘘だろ、あれ模造品だぞ!?」

「どんだけポテンシャルが高いんだ!?」



 魔法剣ではない模擬剣に魔元素マナを注入し、維持することが、どれほど難しいことなのか。

 出来る者はS組でもほんの一握り。

 それを知っている一部の者だけが、声をあげて驚いた。



「恐ろしい魔元素マナの練度だ。学生なのに、模擬剣で魔法攻撃アサルトマグナを発動させるなんて……」



 剣皇アーサー第一候補すら、目を見開いて驚くなかで。

 ──アスベルは最後の言葉を放った。



「【確立ロック】────」


 

 模擬剣は冷たい氷の力に包まれ、やがてセントツベーナを壁まで吹き飛ばした。魔法障壁で守られているはずの壁が大きく震動し、奇怪な音が走る。


「ヒビが入ってるぞ……」

「おい、あいつ大丈夫か?」


 セントツベーナはピクリとも動かない。

 どうやら、気絶したらしい。

 アスベルは、今まで無念な思いをしてきた者をそっと偲んだ。これで、少しでも彼らの気が晴れればいい。


「セントツベーナぁぁぁあああああッ!!! なにをしている、相手はF等級だ!! なに負けてんだよクソが!! どいつもこいつも役に立たないゴミばっかりだなッ!!」

「ケルト様」

「っなんだよ!!」


 地面を蹴って怒りをあらわにするケルトに、ヴェルディは丁寧に頭を下げていた。

 

「このヴェルディ・ルチア・ベルベットは、本日をもってケルト商会を後見役として不適切と判断し、除名させていただきます。今後一切、僕の後見役と名乗らないでいただきたい」

「お、おまえのようなB等級風情が、ケルト商会の後ろ盾なくして、どうやって剣皇アーサーの選抜戦を戦っていくつもりだっ?」

「……、はぁ。これは、何度も言ってきたつもりなのですが」


 ため息をつくヴェルディは、恐ろしいくらい冷えた目をしていた。


「な、なに……ッ?」

「俺の後見になりたい団体や貴族は、少なく見積もって三十以上です。いいですか、ケルトさん。庶民の身で大成されたからこそ、あなたがたケルト商会を後見役として選んだのです。このような差別体質では、正義を掲げる僕の信念に反します。失望という言葉以外に言い表すものがありません」


 己が何をしでかしてしまったのか、ケルトはようやく気づいたようで。


「ちきしょぉぉぉおおおおおおおおお!!」


 そしてケルトは──

 何を思ったのか、アスベルをきつく睨みつけた。


「おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ!! 全部全部、F等級のおまえのせいなんだよ!!」

「ケルトさん、何をっ?」


 ヴェルディの制止を振り切り、ケルトはポケットからナイフを取り出した。

 にやぁ、と正気ではない笑みを浮かべて。


「死ねぇぇぇええええ!!!」


 しかし。

 アスベルは簡単にナイフを叩き落とし、腕をひねりあげた。

 思い切り床に叩きつける。


「っがは!!」

「僕のせいじゃない。全部自分自身のせいだ、頭を冷やしてよく考えろ」




 そうして、その場は幕を閉じた。

 



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