Episode07 剣皇《アーサー》第一候補 ※3人称


「え? 特別授業?」


 僕ことアスベルは、驚いて顔をあげた。

 フィオナは小さく頷いている。


「そ。何でも、剣皇アーサーの第一候補が来るらしいわ」

剣皇アーサーの第一候補だってっ!?」


 我がサルモージュ皇国で、《剣皇アーサー》の名を知らない者はいない。

 三人の最強の剣士に与えられる称号だからだ。

 昨年、最年長の剣皇アーサーが亡くなり、欠枠を埋める争いが始まった。

 第一候補というのは最有力の実力者だ。


「すごい。一度でいいから剣皇アーサーの候補者を近くて見たかったんだ。すぐ行こう、今すぐ行こう!」

「え?」


 フィオナの手を掴み、急いで屋内競技場に向かう。

 屋内競技場は薄暗くて大きい。

 二階席、三階席まで生徒が埋まっている。


(すごい。みんな剣皇アーサーの候補者を見ようと押し寄せたんだ)


 幸い二人分の席が空いていたので、フィオナともに座ることが出来た。

 会場全体が暗くなる。


「ご来場のみなみなさま! お待たせ致しました! このたび進行係を努めまするのは、ケルト商会イチの道化師と謳われたこのワタクシ、セントツベーナがお送りいたします!!」


(え、この声…………)


 この声、この独特の喋り方。

 間違いない。

 6年前、10歳のときだ。

「いい仕事がある」と言ってあの会場に連れて行かれた。

 見せしめにされ、勇者役の男に殴られた。

 味わった屈辱。

 忘れるはずがない。


“御覧ください、あれがF等級です!! どうですどうですどうですぅ? 無様でしょう、醜いでしょう?”

“さあ絶対王政時代のゴミクズ共を、正義の鉄槌で成敗しようじゃありませんか!”


(あの時の男だ……ッ!!)


「どうしたの…………?」


 フィオナが心配そうにこっちを見てくる。

 アスベルは、そのことを彼女に打ち明ける気には、なれなかった。


 司会進行のセントツベーナが、話を続けている。


「それでは登場していただきましょう! その出自はB等級ながらも、持ち前の武術と才能で昨年の聖霊剣舞祭を優勝したカリスマ、甘いマスクで乙女を魅了する剣皇アーサー第一候補、ヴェルディ・ルチア・ベルベットッ!!!」


 青年の姿を、照明スポットライトが照らしあげた。

 理知的で切れ長い青色の瞳に、灼熱の炎を思わせる赤い髪。

 身にまとう服は、気品と清廉さを感じさせる純白の軍服だ。

 にっこりと微笑むその様は、まさに王子という言葉がふさわしい。

 

「みなさん、始めまして。俺はヴェルディ・ルチア・ベルベットです。昨年、誉れ高き聖霊剣舞祭を何とか勝たせていただきまして、ケルト商会の後見のもと剣皇アーサーの第一候補に選ばれました。どうぞよろしく」

「きゃぁああ!! かっこいい、ヴェルディ様ぁああ!!」


(すご……いまの一声で周りの女子が失神してる)

 

 恐るべしイケメンのパワー。

 

「続きまして、今回の特別授業を企画していただきましたケルト商会の御曹司、オルカナ・ケルト様にご登壇していただきましょう!」


 快活に司会を進めるセントツベーナが、大きく腕を振るう。

 すると、このあいだフィオナに暴行を加えたケルトが登場した。


「みなさん、ご機嫌よう。俺はオルカナ・ケルト。今回、このような形で特別授業をしたのは他でもない。聖なる学園に紛れ込んだ“F等級”のゴミを、ここに引きずり出して粛清するためです!」


 会場全体がざわめいている。

 ここにいるのはS等級を始めとした上位等級の者ばかり。

 当然、ほとんどの者がF等級を毛嫌いしている。


「さあ出てきてもらおうか! 編入生の、アスベル・F・シュトライム君ッ!!」


 照明スポットライトが、アスベルを照らす。


「……っちょっと、アスベル!」


 アスベルは無言で立ち上がっていた。


「だめよ、行ってはダメ! これはあなたを陥れる罠なの! 今すぐ戻って!!」

「分かってるさ。でもここで止まったら、僕は前に進めない」

「そんな……っ!」


 悲痛な表情を浮かべるフィオナに、笑みを返して。

 アスベルはステージに下りた。


「そうそう、大人しく従ったほうが身のためだよアスベル君」

「役者は出揃いましたッ!! これから最高のショーを見せてくれるF等級の彼に、大きな拍手をッ!!」


 嘲笑のまざった大きな拍手がわきおこり、ケルトとセントツベーナは満足げな笑みを浮かべていた。

 剣皇第一候補ヴェルディだけは、この状況に不満を表していた。


「ケルトさん、話が違います。俺はここで生徒たちに剣技とは何か説くために来たのです。少年をいたぶるために来たわけではありません」

「ヴェルディ、おまえ何か勘違いをしていないか? F等級は存在してはいけないんだぜ。法律にだって、F等級は人ならざる存在って書いてあんだよ」

「な──っ!」

「誰のおかげで剣皇アーサーの候補になれたと思ってる? 身の程をわきまえろ、俺はもうすぐ貴族に──A等級にあがる人間だぜ?」

 

 ヴェルディは、なにか言いたげな顔をしていた。

 が、やがて諦めたように息を吐いた。


「ではせめて木剣での勝負を。加減はわきまえますが、念のためです」

「いいぜ。バッキバキに心を折ってやれ」


 おそらくケルト商会の者と思われる審判がやってきて、ヴェルディとアスベルに木剣を渡す。

 アスベルは、集中していた。


(理由はどうであれ、剣皇候補と戦いを挑めるんだ)

(あぁ、ワクワクする……!)


 怯えるどころか、武者震いするアスベルの様子に。

 どれほどの人間が、興味を示していただろうか。

 一人目はシェリアヴィーツだった。


「可愛い弟子がそう簡単に負けるはずないさ。なんたって、このシェリアヴィーツ・F・マリノス様が育てたんだぞ?」


 二人目はフィオナだった。


「すごい。逃げ出してもおかしくない、こんな状況でも集中してるわ。本当に何者なの……?」


 剣皇第一候補のヴェルディも、目を見開いて驚いていた。


「笑ってる……? 戦うことが怖くないのか?」


 ──いよいよ。


「さぁ、楽しい楽しいショータイムの始まりです!! まいりましょう。試合、開始ッ!!」

「いけヴェルディ、F等級なんてぶっ潰せッ!!」


 

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