Episode06 保健の先生……!?


 あのあと、すぐにフィオナは保健室に運ばれた。

 長距離から回復魔法を飛ばしていたリヒトのおかげで、幸いにも重症は免れているらしい。

 

「フィオナさん、大丈夫?」


 放課後になって、僕は保健室に向かった。

 フィオナは体を起こしている。


「心配かけたわね。大丈夫。先生が治してくれたから」

「よかった。リヒト君がさ、すごく心配してたんだ」

「そう……。あとで大丈夫だと伝えておくわ」

「うん」


 フィオナはずっと下を向いたままだ。

 

「ごめんなさい。本当はアスベル君にちゃんとお礼を言うべきなのに、心の整理がついてなくて」

「分かってるよ。フィオナさんは、F等級なんだよね?」

「……嫌いに、なった? 私のこと」

「まさか。どうして僕が同胞を嫌いになるんだよ」

「同胞?」

「黙っててごめんね。ちゃんと自己紹介するよ。僕はアスベル・F・シュトライム。フィオナさんと同じF等級の人間なんだ」


 フィオナは、顔をあげた。

 紅蓮の炎と同じ色をした瞳に、大粒の涙が溜まっている。


「嘘。アスベル君も私と一緒なの…………?」

「嘘じゃないよ。なんなら、学生証でも見せようか?」

「信じるから大丈夫よ」


 ポケットから学生証を出そうとすると、フィオナは首を振る。どうやら信じてくれたようだ。


「そういえば、フィオナさんはどうしてこの学園に入学したの?」


 たとえF等級という身分を隠していても、どこからともなく情報は漏れていくもの。

 悪意のある生徒に危害を加えられる可能性だってある。

 僕は覚悟してここに来たけど、彼女はどうなんだろう。


「家族のためなの。家族っていっても、親はすっごい小さい頃に死んじゃって、私は孤児院で育てられた。その孤児院はF等級の子ばっかりで、私みたいに食べるアテのない子たちだったわ。修道女シスターたちは、そんな私達のために必死になって働いてくれて…………」

「うん」

「等級のことなんて気にしない。別け隔てなく接する姿は、まるで天使様のようだったわ。だから私は、そんな修道女シスターたちに少しでも恩返ししたくて、入学したの。奨学金がもらえるから」

「もしかして、そのお金を孤児院に?」

「そうよ。美味しいご飯をたくさん食べている写真が送られてきたわ」


 そう言って、フィオナは一枚の写真を取り出した。

 何人かの修道女と、小さな子どもたちがご飯を食べて笑っている。

 ほっこりするような、そんな笑顔だった。


「それで、アスベル君は?」

「え、僕?」

「そうよ。私だけ言うなんて不公平でしょ? あなたも話してよ」


 フィオナは、ちょっと恥ずかしかったのか頬を赤く染めている。

 いつの間にか、泣き止んでいたらしい。


「僕は、どうにかして等級制度を無くしたいと思っているんだ。不遇な思いをしているF等級の子どもたちが、自分の将来に絶望しないように」

「とても素晴らしいことだけど、とても難しいことね。だって等級という概念そのものを破壊するということは、現皇政を敵に回すようなものだもの。道のりは険しいわ」

「そうだけど、少しでもこの現状を良くしたいんだ。そのために、まずは名門学園で頭角を現して存在感を出したいながら、僕の思いに賛成してくれる仲間を探しているんだ」


 誰でも笑い飛ばしてしまいそうな途方も無い話を、彼女は一言一句もらさないように耳を傾けていた。


「私が最初の仲間になってもいい?」

「嬉しいけど、どうして?」

「アスベル君はとても雰囲気があるわ。アイツに立ち向かったときも、かっこよかった。勇ましいって言うの? どんな困難にだって突き破って、前に進んでいく気がする」

「ありがとう。フィオナさんみたいに意志の強い人が仲間になってくれるなら、心強いよ」


 初めて出来た僕の仲間。

 なんだかほっとしていると、フィオナさんが恥ずかしそうに上目遣いしていた。


「……フィオナでいい。むしろ、フィオナって呼んで? 私も特別に、あなたのことアスベルって呼ぶから……」


 こりゃまた湯気を出しそうな勢いで全身真っ赤なフィオナ。

 みんなを纏めて導いていくリーダー的な存在だから、自分から呼び捨てにしてほしいと言うのは恥ずかしいのだろうか。


「じゃ、フィオナ。これからもよろしくね」

「の、望むところよ……っ」


 ──と。

 そんな僕たち二人をニヤニヤした顔で見つめる、一人の女性の姿が。


「おやおやおやおやぁ、アスベル君はいつの間に美人な女の子をゲットしたんだーい?」

「シェ、シェリー!? え、てか、なんでここに!?」


 師匠・シェリアヴィーツ。

 いつものように黒色のドレッシーな服を着ているが、今回はその上から白衣を着ている。

 妙に様になっていた。

 ……やっぱフィオナより胸が大きい。


「え? アスベル、あなたシェリアヴィーツ先生と知り合いなの?」

「シェリーは僕の師匠だよ。…………え、先生なの?」

「そそ。このアタシ、シェリアヴィーツ・F・マリノスは、このたび魔獣薬学の臨時講師として雇ってもらったのさ。兼任で保健の先生も」


 シェリーが、魔獣薬学部の講師で保健の先生?

 何だそれ、いつの間にそんなことに……。


「どうやって先生になったの? 教員免許は?」

「んなもん無くても実力と人脈でなんとかなるよ。アタシは現理事長のふるーい友人だからねェ」


 シェリーが理事長と古い友人……?

 前々からシェリーは謎だらけの存在だったが、今回ほど衝撃的なことはなかった。どうやって名門学園の理事長と知り合いになれるのだろうか。


「とにかく、同じF等級同士だ。仲良くしようじゃないか諸君」

「シェリアヴィーツ先生もF等級だったなんて……」


 F等級であることにフィオナが驚いている。

 まぁそれはそうだ、周りにこんなF等級がいるなんて思わなかっただろう。

 魔女兼保健の先生は、にやりと笑みを浮かべている。

 

「ところでフィオナ・F・ユーリヴィム。アタシはこの学園に来て間もない。キミにちょっかいをかけたB組の男子生徒は、いったい何なんだい? どうして反則行為をしておきながら処罰されない?」


 途端、シェリーはトーンを落とした。

 真剣なときに出す声だ。


「彼は、オルカナ・ケルト。ケルト商会の御曹司です。父親の影響力は並の貴族を遥かに上回ると聞いています。余計な騒ぎを起こしたくない教官たちがもみ消したんでしょう」

「もみ消しだって? フィオナの宝石に小細工を仕掛けて、罠まで張って、あんな大怪我させたのに?」


 僕はちょっとイラッとしていた。


「キミの気持ちはよく分かるが、ここで感情的になってはいけないよ」


 それはそのとおりか。

 あんな入念な準備までして、気に入らない相手をなぶったような男だ。


「んで、そのケルトとかいう男子生徒は、アスベルの制裁に懲りて善人になったのかい?」

「いいや、それはないな。試合が終わったあと、僕は彼を助け起こそうとしたんだけど、手を払われたよ。相当キレてた気がする」

「アスベルに報復する気かもしれないわ」

「いいねぇ、男子生徒同士の喧嘩。青春だねぇ」

「シェリアヴィーツ先生、そんな気楽にしていいんですか! 今度はアスベルが標的になるかもしれないっていうのに」


 真面目に怒るフィオナ。

 シェリーは、むしろ楽しんでいるような面持ちだ。


「これくらい大したことないさ。相手は同じ一年生、しかも各上クラスのBときたもんだ。この難関を超えてこそ、道が拓けるってもんだろ?」


 そう言って、シェリーはシッシッと手を払う動作をした。


「ほら、元気になったんなら帰った帰った。下校の時間はとっくに過ぎてんだよ」


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