Episode02 魔女に誓う
体中の痛みで目を覚ます。
そうだ、今日の『仕事』は終わったんだ。
仕事は人生で最悪のものだった。これだったら、魔獣の死体処理とかのほうが数倍楽。あんな惨めな思いをしたのは、十年間生きて初めてだった。
僕たちF等級は、「人権」を売ることでしか仕事を得られない。
なぜなら、最下層の身分だから。
この国は生まれたときから等級が決まっているという。皇族や貴族、一部の名誉騎士などはSかAだ。いわゆる一般庶民と呼ばれる者はB、C、Dとなる。亜人と奴隷はEらしい。
奴隷ですら何かの功績をあげたり、主人から認められれば、一般庶民と同じ階級になる。
しかしF等級はどれだけ努力しても昇格できない。
なにもやっても忌避の視線を向けられる。
今も、昔も。
なぜF等級だけこんなに酷い差別を受けるのか、よく分からなかった。
噂では、皇国になる前の絶対王政時代に楯突いた一族がすべてF等級として扱われ、子々孫々受け継がれているという。絶対王政の時代なんて何百年前の話だよ。今の僕たちには関係ないじゃないかって、すごく思う。
「ただいま、シェリー。いま帰ってきたよ」
「おお、帰ったかアスベル」
ぼろぼろの家に帰ると、満面な笑顔で僕を出迎えてくれる黒服の女性。
本名はシェリアヴィーツ。
同じF等級ながらも、僕とは違って傭兵稼業をこなせる魔導士だ。実のお姉さんではないけれど、両親のいない僕を女手一つで育ててくれた人。
長い黒髪がすごく綺麗で、胸もすっごく大きい。
いったい何歳なのだろうか。いつ見ても20歳くらいのうら若き乙女に見えるけれど、傭兵稼業は十年以上の歴数があると聞いた。だから周りからは魔女って言われているらしい。
「アスベル、どうした? 今日の仕事はなんだったんだ?」
「あ、いや……」
「その顔は、またヤバい仕事に手を突っ込んだな」
やっぱり、シェリーには勝てない。
亡くなった両親の代わりに、僕を育ててくれている人だから、どんなことをしても見破られてしまう。
シェリーは僕の目の前に立つ。相変わらず厳しい表情だった。
「キミはまだ10歳の少年だ。まだ働かなくてもいい。なんならいっぱい食べて大きくなれ」
「だって、シェリーにばっかり迷惑かけてる。僕だって働くよ」
「畑の仕事で十分さ」
そう言って、シェリーは家を出ていこうとしている。
大きな荷物を持っているから、傭兵の仕事に行くのだろうか。どういう仕事をしているのかイメージは湧かないけれど、きっと危険がいっぱいなんだろう。
「どれもこれも、みんなF等級のせいだ」
思わず吐き捨ててしまった。
その声を、真面目なシェリーが聞き逃すはずもない。シェリーは母親のような顔で、僕の頭を撫でた。
「F等級F等級って、仕方ないじゃないか。アタシたちは生まれながらにして、Fの名を持っている。キミはアスベル・F・シュトライム。アタシはシェリアヴィーツ・F・マリノス。そういう運命なのさ」
「だっておかしいじゃないか!」
なぜF等級がここまでの差別を受けるのだろう。
シェリーだって、F等級でなければもっといい職に就いていた。日雇いの傭兵ではなく、もっと給料の良い仕事を請けられたはず。なのにFってだけで蔑まれ、唾をかけられる。堂々と街も歩けず、こんなゴミ溜めみたいな場所に隠れて暮らしてる。
僕は泣いていた。
「悔しい。悔しいよシェリー。こんな生活、もううんざりだ!」
「本当に悔しいかい?」
「悔しい。F等級ってだけで馬鹿にされるんだよ?」
「騒いだだけじゃ変わらない。なら、己の手で変えてみせるんだ。己を変えて、変革を起こす」
言っている意味は、よく分からなかった。
けれど、シェリーが真剣な話をしていることだけは分かった。
「キミにその覚悟はあるかい?」
「うん!」
「よし。今日の仕事は休みにして、今から稽古をつけてやる」
「いいの!?」
ニヤリと笑みを浮かべるシェリー。
信じられない思いだ。
今まで何度頼んでも、適当にはぐらかされるだけで稽古をつけてくれなかった。
「アタシの稽古はとても厳しいぞ。逃げ出したくなるかもしれん」
「大丈夫……じゃない、師匠! 強い男になって、周りに認められるような男になります!! よろしくお願いします!!」
シェリーは、本当に優しい笑みを浮かべていた。
その日から、地獄のような猛稽古の日々が始まった。
血反吐を吐くような修行。
体力づくりの日々。
いったい何個の血豆を潰したか分からない。剣の振り方、重心の移動方法。岩山を駆け回る日々で、生傷は絶えなかった。食事内容は完璧に管理され、夢の中までシェリーの一喝が聞こえてくる始末。
でも、僕はめげなかった。
街に行けば「F等級だ」と悪口を囁かれる。非難や嘲笑は闘志を燃やすエネルギーとなり、より強くなろうと決意することができる。
ありがたい、と思った。
今に見てろ、とさえ思った。
「アスベルに渡したいものがある」
ある日、シェリーは僕に言った。
「なに?」
「大切なものさ。キミがこれから、命の次に大事にしないといけない剣」
差し出されたのは、無色透明な剣だった。
綺麗だな、と思った。
「魔法剣だよ」
「魔法剣? 有名な騎士とか軍人とかが持ってるやつじゃないの?」
人の体内にある
通常の剣との違いは、ずば抜けた
けれど、魔法剣は簡単に手に入らない。
国家秘密並の技術が集約されているとされ、一部の有名な鍛冶財団のみが知っているという。
そんな貴重なものをどうしてシェリーが……。
「名前は
「僕は来年から学園に通うんだよ。いい加減子供扱いはやめてくれ」
とある国に《天性者》と呼ばれる最強の剣士がいた。
その者はスラム街出身でひどい差別を受けていたそうだ。
成長するに従って己の実力を周りに認めさせ、虐げられていた奴隷たちを解放して、絶対王政を壊す革命家になったという。
──お伽噺だ。冒険好きな男の子なら誰でも知っている。
「嘘じゃないさ。事実、三百年前には絶対王政の時代があった。サルモージュ皇国の前身、サーヴァシュ王国は天性者に手によって滅ぼされ、革命を起こしたメンバーの子孫が今の皇族を名乗っている」
「……ホントに?」
「ああ。なぜF等級はずっと等級が変わらないのか知っているか? それはな、Fという一族に生まれる《天性者》を潰すためなのさ。F等級はみんなから虐められるし、目立たず静かに生きようと思うだろう? それが皇政の狙いだよ。皇帝は、先代の《天性者》の子孫が力をつけるのを恐れ、F等級という檻のなかに閉じ込めたのさ」
「…………」
「アタシの……マリノスの家系は代々、天性者を見つけ、保護し、育てることを掟にしている。キミには天性者としての素質があるんだよ」
「……分かった。剣、大事にするよ」
「ああ」
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