Episode03 聖ハンスロズエリア学園への入学


 聖ハンスロズエリア学園は、格式の高さから貴族の登竜門と言われる学び舎である。

 9割の学生が貴族と言われるだけあって、白亜の校舎は絢爛華美。

 ブレザーの制服を着込み、高等級らしい慎ましやかな朝の挨拶がそこかしこから聞こえてくる。幼等部から大学院部まで存在し、有名なの著名人・騎士・学者などを輩出してきた名門中の名門だ。


 ほとんどの学生がSかA等級。それ以外は、金を持たされた大金持ちB等級が数人いるくらい。

 僕のようなF等級が入れるような場所ではない。

 けれど、この学園はでは平民も貴族も平等だと謳っている。元C等級の庶民だった今の理事長の存在もあり、約20年前からC等級からF等級までの学生でも入学が可能になった。──もちろん優秀というのが条件だ。

 ただ。

 庶民の中でも特にゴミクズ扱いされるF等級は、入学試験を監督する人間がそもそもF等級を会場に入れないという行為をとる。編入試験受ける際、危うく僕も試験妨害を受けそうになったのだが、シェリーが試験監督を殺すぞと脅迫して事なきを得た。


「見てよ、あれがF組よ。C等級以下の人間が集まるらしいわ」

「最悪ですわ。近づいたら菌が移ってしまう」

「行きましょ行きましょ」


 心底嫌そうな顔をしながら、女子生徒二人が通り過ぎていく。

 僕が通う高等部一年生の教室は、C等級以下の生徒を問答無用で詰め込んだクラスらしい。ボロいとまでは言わないが、他のクラスに比べて質素だ。半円を描く長机が数段に分かれていて、上下に別れた黒板が一つ。


 また、卒業させるための必要な授業は講師が教えてくれるそうだが、その講師の教え方も適当。教科書の読み上げメインの眠くなる授業、定期試験の特別な対策はしない、実技なんてまともにできる講師がいない。

 他のクラスに比べたら劣悪な学習環境。

 それでも、F組の生徒は庶民試験という狭き門をくぐり抜けた天才・秀才集団だ。

 僕は彼らの中で、頭角を出さなければならない。


(生徒は少ないんだな……) 


 教室に入ってみると、生徒は7人しかいなかった。

 男子が5人、女子が2人。

 女子のうち、一人は青髪青目のぱっつん髪が特徴で大人っぽい。美少女というより美人さん。

 もう一人の女子は、おどおどした雰囲気がある金髪ロングの子だった。教室に入ってきた僕の視線から逃げるみたいに、青髪の子の後ろに隠れている。


 僕は前期途中で編入してきたから、良い意味でも悪い意味でも目立っている。教室に入った瞬間の異様な視線は、彼らが僕をどんな人間か推し量ろうとしているから。初日は順調、目立つのは大歓迎、存分に僕の噂を広めてくれたまえ。

 

(仲間は欲しいな)


 貴族だらけの学園において、C等級以下は軒並み見下される。

 F等級の僕にとって、CもDもEも雲の上みたいな存在だけど、F組というグループには変わりない。

 このクラスならば、作れるだろうか?

「等級制度をぶち壊したい」というバカみたいな革命思考に賛同し、後ろについてきてくれる仲間が。


 ──と。


「おまはんが中途半端な時期に入学してきたもんか?」


 いささか訛りの気になる男子学生だ。

 風格からして、F組をまとめるボスといったところか。

 体は細いが引き締まった体つき。

 金髪の一部分を黒色に染めているところとか、いかにも不良っぽい。


「そうだけど、きみは?」

「俺はリヒト。一応こんクラスの副リーダーやらせてもろとる」

「僕はアスベル。副リーダーっていうのは意外なんだけど、君がリーダーじゃないの?」

「去年まではな。俺らが高等部になって、えげつなく強いヤツが入学してきよったんよ」


 当学園はエスカレーター式だ。小等部の受験入学者は多いけれど、高等部から入ってこようとする者はほとんどいない。僕のような編入生はもっと例外だけど。


「へえ。どんな男の人?」

「ちゃうちゃう。女、すっごいでっけぇおっぱいのある女や」


 おっぱいがでかい女…………。

 いやいや、さすがにシェリーより大きいなんてありえない。

 シェリーは90後半だろうし。


「ほれ、いま教室に入ってきた奴がそや」


 入ってきたのは、長い赤髪を持った少女だった。

 きりりとあがった眉に通った鼻筋。

 そのくせぷっくりと膨れた小さな唇が愛らしい。

 ウエストは細く、バストとヒップが絶妙のバランスを誇っている。正直、今まで見てきた女性なかでトップクラスに美しい容姿だ。


「誰よ、人のことデカいおっぱいの女とか言ったやつ。殺すわよ」

「ヒッ」


 リヒト君、いくら本当のことでもあんな大きな声で言っちゃダメだよ。


「あなたが新しくF組になった子ね。編入試験では大層いい成績だったと聞いているわ」

「アスベル・シュトライムって言います。よろしく」

「私はフィオナ・ユーリヴィム。気軽に名前で呼んでくれていいわよ、アスベル君」

「分かった。よろしくね、フィオナさん」


 僕との会話を終えたフィオナは、自然な動作で黒板の前に立った。

 リーダーと言われるだけあって、彼女がそこに立つだけでクラスメイト全員が口を閉ざした。

 長い赤髪を手で払い、彼女は言った。


「一週間後、実技の模擬試合が行われるわ。いいこと? 他の組は実技の模擬試合なんて、貴族のお遊びか何かだと思ってる。でも私達F組は、結果如何では退学になってもおかしくないわ。いつも通り気を引き締めていきましょう」


 たかが模擬試合で退学になる?

 なんだそれ、聞いてないぞ。


「ああ、そうね。アスベル君が知らないのも無理ないわ」

「助かるよ」

「ここハンスロズエリア学園はね、9割の貴族と一部の優等生庶民が入学しているの。建前上では、貴族と庶民は平等って理事長は言ってるけど、ほとんどの貴族は庶民をよく思っていないわ。だから、あえてルールを設けたのよ。F組の生徒は成績が悪いと退学処分になるって」

「F組だけ? B等級だって庶民じゃないか」

「庶民は庶民でも、B等級は貴族とのコネが多い金持ち連中よ。だからF組はC等級以下の生徒っていう括りがあるの」


 つまり、C等級以下の庶民をよく思わない一部の貴族を納得させるため、無理やりこんな制度を作ったということか。乱暴というか、無茶苦茶というか。


「だから、F組は一致団結して模擬試合を勝ち抜かないといけない。編入して早々悪いんだけど、アスベル君も協力してね。頼りにしてるから」

「もちろん」

「オッケー。今から一限目が始まるまでに作戦会議を始めるわよ」

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