てんいっ!

 声が聞こえる。たくさんの人の活気に溢れた声だ。

 気持ちのいい風が頬を撫でる。美味しそうな匂いも漂ってくる。


 来た。異世界。


 目を開けると目の前に広がる景色。上に広がる青空。いくつも並んだ屋台に、俺らを見るたくさんの人。

 抑えきれない笑顔を顔に浮かべ、漏れ出そうな声を飲み込んで、気づく。


 ……ん?何でみんな俺らを見てるんだ?


「あっ!?」


「おいお前なにやっちゃったみたいな声あげてるんだ?」


 がしっと頭をつかんで尋ねる。


「えとー、あのー、そのー……ちょっと、ね♪」


「かわいこぶってんじゃねえ!逆に気持ち悪いわ!」


「何よ!私がかわいくないとでも言うの!?」


 そうは言ってねえよ!?かわい子ぶるなって言ってるんだよ!さっきまでの態度を忘れるかよ!!


 まあこいつをせめても仕方ないだろう。ここに連れてきたのはあの女神だ。


「私が細かいところを設定しなきゃなんだけど……忘れてた」


 女神様は悪くなかったみたいだ。こいつが悪かった。

 何が問題なのか?簡単に、二つ。


 一つ。街の門の前にいきなり現れてしまったこと。

 一つ。俺らの服がそのままだということ。


「ほんっと、ふざけんなよ!?何してくれてるんだよ!?俺ら、急に現れた変人としていきなり殺されるかもしれねえだろ!?」


 しかもなんで学ラン!?なんか汚したくなくなるだろ!?せめてもうちょっと動きやすいのにしろよ!さっき女神様のところにいた時も学ランだったからもしかして……なんて思ってたけどさ!


「だ、大丈夫よ。……多分」


 最後なんて言った?たぶん!?

 それよりどうすんだこれ……。あたりを行き来する人の目が刺さるんだけど……。


「ま、まああれよ。きっと大丈夫よ」


 その自信はどこから出てくる。発生源を教えろ。蓋をしてもう二度と出てこないようにして来るから。


「あーもう!うるさい!とにかく行くわよ!」


「あ、おい!ちょっと待てよ!」


「いったぁい!!!離しなさい!!何よ、一人でいるのが怖いの!?」


 ずけずけと一人で歩き出そうとしているエーフィの後ろ髪をつかんで止める。

 ああ怖いさ。お前のミスのせいでな。殺されるかもしれないんだ。一応天使らしい奴から誰が離れてやるもんか。ピンチになったら力を使って助けてくれるんだろ?


「…………………………」


「おい、なぜ黙る」


「えっ?いや、その、あれよ」


 あれってなんだよ。……まさか。

 ごくりと一つ唾を飲み込み、恐る恐る尋ねる。


「力が使えない、とか?」


「いやー実はそうなのよね。てへぺろ!!」


 あっけらかんと言って見せるエーフィ。てへぺろ、じゃねえよ。舌だしてんじゃねえよ。そのままかみちぎって死んでしまえ。お前はここに一人で残ってろ、この役立たず!


「一人で寂しいから待ってって言ったのはどっちよ!!」


「お前が何か役に立つと思ったからだよ!!」


 にしてもマジか……。サポート役的な奴が何もできないんじゃ、なぁ。


「はあ!?全然使えないわけじゃないわよ?」


「なんだよ、それを先に言えよ!さ、一緒に行こうぜ?」


 俺が早とちりしてたな。さすがに一緒についてくる天使が使い物にならないわけがないか。

 ちなみに何の能力だ、と尋ねるとエーフィは無い旨を張ってドヤ顔でこういった。


「明かりをともす魔法よ!」


 ……ああ、なるほど。光の魔法か。


「ちなみに攻撃力は?」


「は?あるわけないじゃない。明かりをともすって意味知ってる?明かりをつけるって意味よ!」


「ありがとうございました、さようなら。また縁があればどこかで会えるといいですね。そのときは……まあ、あれです。赤の他人として無視してください。こっちも無視しますんで。それじゃ」


 さて、と。取りあえず街に入って仲間を捜さないとな。となるとテンプレから考えて、まずは酒場か。


「ちょっと待ちなさいよ!大丈夫よ、この世界で冒険者になればすぐにスキルぐらい獲得できるわよ!もちろんあんたもよ!」


 門の一歩手前で足を止めて振り向く。


「本当か?」


「本当よ!」


 そうか、なら仕方ない。もしかしたらこんなバカ(天使らしい)でも役に立つかもしれない。具体的には壁とか、盾とか、武器エーフィとしてとか。

 壁兼盾兼武器が俺の方へと小走りで近づいてくる。どうやって武器にするのかって?人間バットだ。


「じゃあ行くわよー!」


 そうして俺たちは一歩、門をくぐろうとした。

 これが俺たちのはじめの一歩だ……。

 俺はエーフィにがっかりはしながらも、これから始まるであろう冒険への期待に胸を膨らませ……。


 ビーッビーッビー!!


 一気にしぼんだ。

 万引きをしようとした人とかが出入り口を通ろうとするとなるような電子音が鳴った。警報だ……。どう考えても警報だ……。


「な、なんなんだよこれ!?警報だよな!?」


「私じゃないわよ!」


 すぐ反応するあたりがめちゃくちゃ怪しいんだけど!?

 絶対にこいつが何かやったに違いない。そんな確信をもって俺はエーフィの胸倉をつかむ。


「おい、お前今すぐ返してこい!大丈夫だ、安心しろ!その間に俺は他人のふりしてどっか行くから!百年後ぐらいに天界から迎えにいくからさ!」


「いやよ!ってか百年後じゃあんた死んでんじゃない!どこに安心できる要素があるのよ!?っていうかあんたじゃないの!?実はなにか万引きしたんでしょ!」


「馬鹿言え!俺はこの世界に来てまだ何もさわってないぞ!?」


「へっへーん、バーカバーカ!地面に足をつけてるでしょ!ってことは何もさわってないことにはならないのよーだ!バーカバーカ!」


 うぜえ。殴りたい。


 有言実行ならぬ無言実行の俺は、さっそくエーフィを殴ろうとしたら避けられ、逆に殴られてしまった。なかなかやるじゃねえか……。

 そんなこんなで殴りあいの喧嘩をしていたら兵士らしき数人が俺らの方へとやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る