第5話
少女と思わぬ再会を果たした俺は、昨夜のごとく直帰というわけにもいかず、彼女を伴い違う道を行く。少女に「どこ行くの? 人気のない暗いところ?」と聞かれ、
「スーパー。冷蔵庫に食いもんがないからな」
というと、
「なあんだ、よかった~。危うく通報するところだった」
といって、スマホをブレザーのポケットにしまった。そんなに貞操観念が固いなら、なぜ昨日俺のところにホイホイ泊ったのか小一時間問いただしたいと思った。
24時間営業のスーパーは、生き物のように店内の光を外に漏らしていた。
人気はない。
もう深夜だから当然だろう。
「お前、料理できる?」
灰色のかごをもって聞くと、
「ううん」
少女は声だけで応じ、首を縦にも横にも振らない。
「どっちだよ」
「……できるかできないかでいえば、できないけど」
唇をとがらせ不服そうに言う少女に、俺は思わず笑ってしまった。
「なんかおかしい?」
「いや……できないんならできないっていやあいいのに」
「認めたくないのよ。自分の弱さってやつを」
と言いながら、商品棚の下段に陳列された子供用のチョコレートをひょいとかごに入れる。俺はあえて何も見なかったことにした。
「でさあ、何つくんの?」
「カレーだよ」
ジャガイモとにんじんとたまねぎの詰められた「我が家のカレーセット」なる商品を手に取りながら言う。
少女のほうを見やると、驚いたように目を見開いていた。
「なんだよ。カレー嫌いか?」
「……おっさんって、料理できんの?」
「独身彼女ナシ男をなめんなよ」
「なんかそれだけ聞くと身の危険を感じるんだけど」
「JKは眼中にねえから」
冗談めかして言った――つもりだった。
しかし。
脳内のどこかにひっかかっていたもの。ざるでふるいにかけたら、落ちるはずのものが落ちなかったという感覚。
高校の――
果てしなく青い空の――
赤いヘアピンをかけた亜麻色の長い髪の――
『——くんってさ、私のこと、あんまり好きじゃないよね?』
「……おっさん? おーい、寝てんの?」
「あ?」
思考が中断され、現実に引き戻される。
高校生だった俺は、灰色のスーツに身を包んだ灰色のサラリーマンになっていた。
「ああ……すまん。なぜメガネっ子キャラは巨乳になりがちなのかについて考えてた」
「なにそれ?」
カレー粉とコンソメ粉末をかごに入れ、それから酒類の入ったショーケースの前に立つ。
ビール、チューハイ、ビール、ビール、チューハイ、ビール、ビール、ビールビール……。
「ビールにすっか」
500ミリリットルの缶を一本取りだした。少女は俺の手に取られたものをたいして興味もなさそうに眺めた後、隣のショーケースに入っていたオレンジジュースを一本とってかごに入れた。
会計を終え、外に出る。
空を見上げる。
星が輝いていた。その中に半月も浮いていた。
「こんな晴れの日は外で吸うに限る、ってか」
誰にともなくこぼし、ジャケットの内ポケットからシガレットケースとライターを取り出す。
タバコを一本くわえる。
火をつける。
深く息を吸う。有害で、甘美な煙が身体中を循環する。
「ふう……」
「おっさん、何してんの?」
「ニコチン摂取してる」
「タバコ吸ってるってこと? 私にも一本ちょうだいよ」
小悪魔っぽく笑う少女に、俺はデコピンをもって応えた。
「あだっ」
「ガキがなに抜かしてんだ。この煙は大人の特権なんだよ」
「ガキじゃないっての」
少女は唇を尖らせて、咥えタバコの先から昇る煙をじいーっと見ていた。が、何を思いついたのか、やにわに右手を振りかぶり、猫のように素早い動きで俺の口からタバコを奪い取り、自分の口にひょいっとくわえた。
「あ、おい!」
「へへ、いっただき~」
俺があきれる間に、彼女はすうっと息を吸い、はあっと口から紫煙を吐き出した。そうして「はい、返す」と言って俺のほうにほぼ出枯れたタバコを差し出した。
「はあ……いらねえよ」
乱雑に奪い返し、吸い殻をもみ消した。
「てかこんなとこ誰かに見られてたら俺が捕まっちまうよ」
「大丈夫だよ、誰もいないことを確認したし」
あたりを見回してみると、確かに人っ子一人いない。車一台通らず、気味が悪いほどの静寂があたりを包んでいる。悲しきかな田舎町。
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