第5話 囮
教室に戻ると、藤林は教室中の注目を集めた。
ザ・学級委員長の藤林が、こんなにも可愛くなったんだ。
コイツらが驚く気持ちはよく分かる。
それにしても現金なものだ。
藤林が可愛いと分かったもんだから、男子たちはあからさまに熱い視線を送っている。
それに反比例するかのように、女子たちからは冷ややかな視線が送られている。
藤林に『やっかみを無かったことにする』を使ってみたが、あいかわらず異能は効いていない。
効く時と効かない時の条件が謎だ。
この条件が分かるまで、俺も藤林には迂闊に手が出せない。
だが、俺の目論見通り、例の神隠しが藤林を狙えば何か手がかりが掴めるかもしれない。
藤林には悪いが俺にとっては一石二鳥だ。
——昼休み、オレは藤林を目立たせるため中庭に誘った。
ここで、弁当を食べるのだ。
藤林の弁当を。
目立つようにイチャラブして。
「浅井くん……本気でお弁当もって来てなかったのね」
「ああ」
「猛アプローチね。そんなに私の事が気にいったの?」
なんだ、藤林のやつ……外見が変わったら態度まで変わりやがって。
まあ、そっちの方が好みだからいいけど。
「藤林、あーん」
「本気なの?」
「当たり前だろ」
「仕方ないわね」
取り敢えずオレは、目立つように目立つように振る舞った。
「あれーなんかこの辺、砂糖がまかれてるよ」
茶化してきたのは生徒会、副会長の星田だ。前髪をネジネジする仕草が、ウザい。
「あースミマセン、なんか今日はそんな気分なんで」
「君、何年生? 誰ちやん?」
星田はオレを無視して藤林に話し掛けた。
今度は上の方をネジネジしてやがる。やっぱウザい。
「……副会長……藤林です」
「え! マジで藤林さんなの!」
顔見知りのようだ。
「知らなかったよ、こんなにも可愛かったんだね、今度遊びに行こうよ!」
こいつ……完全にオレを空気扱いしている。
もしこいつが犯人だったら今はもめたく無いが……。
「おい、なに人の女ナンパしてやがんだ? 消えろよ、お呼びじゃねーんだよ」
何もしないのも逆に不自然だ。
「ん……なに君、彼氏なの?」
髪をかき上げてからの、後ろ髪ネジネジ……本当ウザい。
「ああ、もう一緒に風呂に入った仲だ」
「ちょっと、浅井くん!」
嘘の中に真実を入れる事で、オレのハッタリの真実味が増す。
ちょっと顔が引きつりやがった。悔しがっている証拠だ。
「ふーん……彼氏ね……」
舐め回すように見られた。可愛い女の子ならまだしも……こんなやつに……気持ち悪い。オレもこれから気を付けよう。
「釣り合って無いね」
余計なお世話だ。
「まあ、いいよ邪魔したね、また放課後」
良くはないが見逃してやった。ヤツが能力者でも能力者じゃなくても、髪の毛を無かった事にする。そう決めた。
でも十中八九ヤツは能力者だ。普通のやつなら男付きの女をナンパなんてしない。何か特別な力をもっているからだろう。
しかし、なかなかムカつくやつだった。
「ねえ浅井くん、彼女って……」
「ああ、すまない。迷惑だったな」
「ううん」
うん……?
「藤林?」
「迷惑なんかじゃないよ?」
目を伏せて頬を赤らめる藤林……ヤベ……今オレ、ときめいた。
……でも、藤林は能力者だ。
ことが、終わったら異能も記憶も……場合によっては藤林の存在自体を『無かったこと』にするかも知れないのに。
……胸が苦しくなった。
オレは自分の感情を無かったことにしようかと思ったが、思いとどまった。
——放課後。
「ねー藤林、副会長が生徒会室に呼んでるよ」
藤林に副会長からお呼びがかかった。
「なあ藤林、オレもついていっていいか?」
「え……」
「アイツ、藤林のこと狙ってたろ……だから心配で」
「う……うん……ありがとう」
来るのは分かっていた。ヤツはまた放課後と言っていたのだから。
オレは藤林と一緒に生徒会室に向かった。
——コンコン「失礼します」
「何かご用ですか、副会長」
前髪をネジネジしながら迎える星田。
あからさまに嫌そうな顔だ。それに何だ……この匂い? お香か?
「藤林さん、よく来てくれたね。お呼びでない輩もいるけど」
いちいち癇に障るヤツだ。
「これから放課後デートなんだよ。それに昼間彼女をナンパしたヤツのところに1人で行かせる方がおかしいだろ?」
「あは、確かに君のいう通りだね」
「副会長……」
「でも、君が来たからって何ができるのかな?」
「何?」
「あ……浅井くん……私……」
藤林がオレにもたれかかり意識を失った。
そうか、この匂いが……!
「く……お前……何を……」
オレは藤林を抱きしめ、わざとらしく意識を失ったフリをした。
「フフフ……僕の世界に本当は男はいらないんだけどね……でも特別君は連れていってあげるよ……何もできないまま、自分の彼女がめちゃくちゃにされるのを見ているがいいよ」
……僕の世界……空間系の異能か。
言っていることは気に入らないが、オレも連れていってもらえるようでラッキーだ。
煽った甲斐があったってもんだ。
藤林をめちゃくちゃにするだと……させるわけないだろ。
めちゃくちゃになるのはお前だ。
————————
【あとがき】
さあ一奏……お仕置きの時間だ。
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