櫛田への仕事

 会食はメトロシティのネオン街の一角で催された。取引先の好みである。古めかしい装飾に、ほどよく落とされた照明。合間を縫うネオンに照らされて、サロンを巻いたスタッフがてきぱきと行き交う。その個室席に笠原文香は掛けていた。扱いにくい取締役が隣にいるのは気に食わないが仕事なので仕方がない。取引先を待つ間、通信が入った。少し席を外すといい、社長は担当スタッフに声をかけ、人気のない別室へ案内してもらった。戸を閉めて端末を確認する。通話のふりをしてでてきたがデータ送信だった。彼女はそれを確認する。ウェティブからだった。


 劇場に廃棄した新機種の失敗作についてだった。データ転送をしてみたものの上手くはいかず、部分転送のみが可能だった。新機種を構成する金属素材に純正を使用しなかったことが原因のひとつとされ、不完全なオートマタになり、自己増殖に失敗し崩壊した。新機種が独立したシステムを構築したせいで、自身のデータ転送が受け付けられなかったとある。次に、デザイナーベイビーとを掛け合わせる提案記載があった。社長は脳裏にウェティブの声を再生させた。


”でもぼくたちデザイナーベイビーは、ある程度どんな素材も適応できるように設計して造られているだろう。過去にデザイナーベイビーを、テグストル・パールクに破棄したことを知っているよ。型落ち品とはいえ、笠原工業で新たにデザイナーベイビーを製造してから着手するよりかは、それを回収して実験したほうがコストも安くつくでしょう。一度手放した型落ち品を取り返すのは骨が折れるだろう? だから彼らに探してもらうんだよ。それでワームを破壊させたんだ。あなたの弟さんならすぐに情報を読んでテグストル・パールクに向かうだろうね”


 文香はウェティブに、報酬として新しい機体を提供することを約束すると返信し、通話に切り替えて秘書の櫛田に連絡した。

「もしもし」

「はい、櫛田でございます。会食中では?」

「有り難いことに取引先が遅れている。ナメられたものね。ウェティブの報告を見たかしら?」

 文香は端末から再度データを展開させ、眺めながら話を続けた。櫛田が返事をする。

「はい。目を通してあります。当時のデザイナーベイビーの記録も手元にございます」

「あら、仕事が早いこと。それならちょっとお願いがあるんだけど」

 文香は目を細めて、にこやかな表情で口を開いた。

「テグストル・パールクへ向かって、現地の特産品を購入してきてくれないかしら。次に会食を行う時に手土産にお渡ししたいの。向かってくれる? 詳細は端末に送るわ」

「承知しました」

 文香は通信を切って、足早に別室を後にした。弟がテグストル・パールクへ向かうならば、高確率でデザイナーベイビーを見つけるだろう。そのチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。現地で金属素材を買い付けに向かっている営業もいるはずだから、欲しいものがいっぺんに手に入れられるかもしれない。いや、手に入れる。

「あわよくば、アトラス、あんたも捕まえてやるからね…」

 心の声が漏れたことにハッとして、文香はオートマタのように表情を組み替えてから個室に戻った。

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