落ちていく

「さすがにちょっと疲れたから、もうやめよう」

 湊は笑みを含めた挑戦的な声色でそれを煽った。通用しているのかしていないのかはわからないが、少なくとも、誰かは見ているだろう。ウェティブか、笠原工業の誰かか…。そう見越して告げる。先ほど舞台に顔面を打った時に口の中が切れたのか、血液素材の味がする。体の痛みは無視して唇を舐めた。


 湊は、冷え固まった機体を軋ませながらも恐らくこちらを睨んでいる窪んだ眼球と対峙する。ワームが力を振りしぼり、瓦礫砲弾を撃とうと機体をよじらせた時だった。瓦礫が吐き出されるより先に、湊はワームへ駆け寄り、大きく唸るヒレの打ち付けられた床を跳ねて飛び交わし、左から一気に踏み込む勢いを使って電磁ナイフを根元まで突き刺した。そのまま刃が動く方向へ力任せに一気に切り裂く。機体に食い込みながら刃を滑らせたせいで、稲妻型の軌跡を残したそれは、煙と火花を上げながらも、けたたましいモーター音を唸らせている。


 分厚い装甲を貫き、内部を裂いている感触を両手で感じ取りながら、湊はナイフを滑らせ続けた。この直後に、左右にもがくワームのヒレが自分にぶちあたることも理解したうえで、それをやめなかった。気がつくと自分の体は宙に弾き飛ばされ、機体はその窪んだ緑の目をこちらに向けたまま、砲弾を浴びせようとしていることがわかった。あと数秒で機体が停止することもわかったが、瓦礫が飛んでくる方が早いだろう。空中でどうしようもできないまま、どれだけ衝撃に耐えられるか湊は歯を食いしばった。


 しかし、見下ろすワームのすぐ近くで、別の爆発が起きた。黒澤が衝撃グレネードを打ち込んだのだ。空中にいたおかげか、爆発からは逃れられたが、あまりの衝撃の大きさに黒澤も驚きを隠せなかったようだった。それでも小さな爆風を浴びて、湊は思わず顔をしかめる。一瞬の熱波が髪を焦がしたうえに、風圧で体が浮いた気がした。そのあとは受け身をとって着地し、転がる反動で上体いを起こし、顔を上げた。舞台袖に膝をついたまま、顔をしかめて様子を伺った。煙を吸い込んだため、少しむせたが。やがて噴煙の中から、横たわった機体が姿を現わした。膝を押して立ち上がると、湊は機体に近付き、それを眺めてから剥がれかけた装甲をナイフでめくる。煙か湯気か、金属が煮えた匂いを含んだ蒸気が立ち込めた。内部では、絡まりあった複数の機体の四肢が垣間見えたので湊は思わず顔をしかめた。黒澤が客席通路を駆けてくるのが見えて、湊は頷く。肩で息をしていた。


「終わったぞ」高見と笠原につなぐ。眉間に皺を寄せたまま。そのまま続ける。

「なかなか疲れた。サンドバッグに追い回されてる気分だったよ」

「サンドバッグの比じゃないぞ。なんだこれ」

 こちらまでやって来た黒澤が訝しげにそれを眺めながら声を上げた。

「いま私、瓦礫撤去してます、すぐ向かいます」

 通信機から高見の声が届く。

「なんだ?これ」

 黒澤がまた訊いた。湊にも詳しくはわからなかったが。とりあえず違法オートマタはいたし、1体ではなかった。

「ウェティブがデータ転送してきた。部分転送のみだったが…見ろ、こいつが目で、こいつが足、あとはヒレって具合に絡まって動かしてた」

 溶けかけた機体の人工皮膚がくすぶる臭いに不快感を覚えながら湊はひとまず腰を下ろそうと舞台の淵に向かった。座席に腰掛けて少し落ち着きたい。しかしそこで足を滑らせそのまま転がり落ち頭を打ったところで湊の任務はあっという間もなく終了した。

 驚いてとっさに自分に手を伸ばす黒澤の姿が見えたかもしれない。なんだか見たことのある光景に似ているな、など思ったかもしれない。自分の義手がまだ付いていることに、安堵したかもしれない。

 目が霞んで視界が歪んだかもしれない。

 あとは暗くなった場所をひたすら落ちていく。

 落ちて落ちて、落ちていく。


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