ワームを撃破せよ(3)


 笠原の居る、崩れた瓦礫の隙間を這って機体が迫ってくる。胴体が破損しているもの、足が取れているもの。あわせて2機。1機は手前。片手で機体を引きずっている。そろそろ立ち上がりそうだ。笠原は意を決して鼻から息を漏らした。放っておいたらまとわりついてくるだろう。いや、それ以上にやっかいなことになる。意を決して振り返る。

「わかった。やる。やるよ」

 自分に対して言いながら、腕時計端末から端子をひっぱり出して手に巻きつけておく。動いている機体には試したことはないがやってみるしかない。相手は破損している。伊野田たちのように正面から戦えはしないが、自分にはこれがある。とは言うものの、迷いはある。とは言うものの、そんなことを言っている場合ではない。笠原は両頬をひっぱたいた。じりじりする痛みが自分の思考をクリアにした。


 手前の機体が、ゆっくり飛びかかってきたのを狭い中でもみ合いになりながら、狙いを定める。掴みたいのは機体の右手。顔に付いている口のパーツがカチカチ動き、こちらに噛みつこうとしているのを笠原は内なる悲鳴をあげてやりすごした。その腕を掴んで手首の小さなハッチを開く。首筋の箇所でもいい。それをするためには…。


 ギリギリと軋んだ音を発しながら、笠原に襲いかかる死体のようなものに対して無意識に声を上げていたかもしれないが、もみくちゃになりつつ。自分の体に手を這わせのしかかってきた機体の半壊した頭部に転がっていたコンクリートを打つける。全壊させては意味がないので加減して。前のめりになった機体を足で倒し、急いでその右手のハッチを開いた。そうしている間にも反対側からもう一機迫ってきている。笠原は端末をそれに差し込み、自分の端末を確認した。ダウンロードバーが浮かび上がり、もう間も無くこの機体をハッキングできる。そのあとどうなるかはわからない。もう一機が自分の首に手を回してきた。振り払おうとするも動きすぎると端末が外れてしまう。


「さっさと、終われ…!」

 血走った目でバーの伸びを確認する。あと、5秒、4、3、2、1。

機体の頚動脈が点滅した。不規則に光るそれはこちらのハッキングが上手くいったことを意味していた。だからといって、これをどう操作すればいいのかわからないのだが。自分の首を絞めてくる機体に思い切って肘打ちをした反動でもハッキングした機体から端末が抜けた。背後の機体は意外と簡単に手を離したが、壁にぶつかった後もこちらを見つめていた。するとハッキングした機体が笠原の横をすり抜けていく。初めて見る光景に彼は息を飲んだ。


 黒澤は座標へ向かって走った。フロアを回りこみ、先ほど通ってきた楽屋口のほうへ駆ける。その間も建物がミシミシと音を立てて軋んでいるような気がした。崩れることはないだろうが。舞台裏まで戻ると、鈍い衝撃音が聞こえた。いくら湊でも、違法オートマタの動きが解ると言っていたとはいえ、それは先読みができる事とは別の話だ。あの凶暴で大きな機体を足止めするのには長い時間はもたないだろう。通路を曲がると、薄暗い通路がさらに暗さを増していた。黒澤は足を止め、様子を伺った。


 ばらばらになっていたオートマタが落下の衝撃で再起動したのか、ゾンビのようにうねりながら瓦礫の隙間をぬけようろしている。そのさきに笠原。2機の機体。だが黒澤は意外な光景を目にした。1機が違法オートマタに向かって殴りかかっている。というものの、どちらも半壊しているから不恰好だったが。困惑しながらも叫ぶ。

「こっちだ!」

 黒澤が声を上げると、オートマタがこちらに気づき地を這って向かってきた。隙間からボウガンで狙い撃つ。矢を受けた機体はガクリとその場に崩れ、頭部から火花を散らした。

「どうやったんだ?」叫ぶ。

「ハッキング、なんとかうまくいった」

 笠原が自分の端末を操作しOFF信号を飛ばすと、もう一機も膝から倒れ込んだ。瓦礫にもたれかかりながら沈んでいく。

瓦礫の隙間から明かりが見えた。

「ここです、はやく、これを」

黒澤はすぐに駆け寄り、材木や鉄骨の間に身をねじ込みながら進んだ。

「もう少し、腕伸ばせるか」黒澤が叫ぶ。

「粘着と、冷却と、衝撃の3つだそうです、早く戻ってこれを」

「とった、そこにいて平気か」

「平気です、はやく」

 笠原が伸ばす手にぶらさがったバッグを掴む。


 黒澤は、「すぐ戻る」と通信を介し湊に接続した。返答は待たずリレー選手のアンカーのように駆け出し、劇場の扉を体で押しのけて開くと、視界に入ったのは、オイルに足を取られたのか、バランスを崩したところをワームに叩き伏せられた湊の姿だった。衝撃が強かったのか客席通路で体が跳ねた。思わず黒澤は息を飲んだ、しかし歯を食いしばりながらそれを睨む彼の目は力強く、受け身を取るとすぐに転がって追撃を免れた。


 至近距離でワームの口から放たれた廃材弾が客席に穴を開けて行くのを器用にすり抜けるが、湊の動きは見るからに危なげになってきているのがこの距離からでも手に取るようにわかった。黒澤はほんの少し焦りを覚えて唇を噛む。黒澤が戻ったことに気が付いたのか、湊は勢いをつけて飛びあがり、ワームを踏みつけて舞台上に足をついた。ワームが扉側に背を向ける形になるため、こちらへの注意がそれる。黒澤は座席の裏に回り込み、素早くホログラムシールドを作動させると間髪いれずに、スリンガーにセットした冷却グレネードを勢いよく放った。


 ほぼ直線の軌道を描いてワームにぶちあたると、それは、ころんと音をたてて舞台に転がった。湊の表情に微妙にヒビが入るのが見えたが、黒澤はすかさずボウガンを構え、転がったそれを打ち抜いた。砕けたグレネードは空気に触れて気化し、周辺の温度をみるみるうちに奪って行った。ワームが部分的に凍結していくのを待つ間もなく、黒澤は間髪いれずに残りの冷却グレネードを撃ち放った。


 硬化していく機体にぶつかると今度はすぐに効果を発揮し、黒澤は安堵するも、ウネウネと巨体をくねらせていたそれは次第に動きを鈍らせ、首だけぐにゃりと曲げた姿でこちらを探している。内臓モーター音を唸らせながら水蒸気をまとい、緑の眼球を四方八方に向けるそれは、舞台上に立っている湊の姿を捉えた。湊は腰に手を当てながらゆっくりそれに歩み寄る。

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