ワームを撃破せよ(2)
微振動が響く中、二人は駆け出した。
湊は端末のナビを劇場内にトレースさせ、浮かび上がった道順を進んだ。劇場をぐるりと回り込み、舞台裏から音響室へ向かう。関係者以外立入禁止のドアを開き、階段を駆け上がると、舞台の上のグリッドへたどり着いた。ナビは一度、そこで止まる。
「狙い通り、ちょうど真上」
そうぼやいてから、湊はグリッドの細い通路から身を乗り出し、そのまま落下した。ナイフを両手に掴み、勢いをつけてワームの上へ着地。足場が悪く落下しそうになるが、ナイフを突き立てる。その弾力ある装甲に突き刺さるには刺さったがボールがバウンドするように跳ね返されてしまう。湊の体も空に乗り、巨体をこちらへぐるりと向き直らせた機体と目が合ったように思えたが、自分が気づくと同時にそれは腹板を伸縮させて突進してきた。無骨な形の頭部をこちらに突き刺さそうと反動をつけたところで湊の目の前に閃光が散る。3階席に待機している黒澤が放った電磁グレネードが破裂して、じりじりと音を立てている。そのおかげでワームの頭突きの直撃は免れた。自分の体の真横をすり抜けていった後を追うようにナイフを突き立てるが、あまりダメージはないようだった。
湊自身の視界も弱まるが、それの尾が鞭のようにこちらへ軌道を向けていたことは解っていたので、飛び跳ねてそれをやり過ごす。舞台上に残っていた破片やら金具などが薙ぎ払われ、粉塵を上げながら散らばって行く。ワームは両ヒレを舞台に打ち付けて音のない咆哮をしてみせた。電磁グレネードの影響で発生した静電気に皮膚が張るような感覚を覚え、湊はナイフを構えた。
高見佳奈は大急ぎで、複数の試作品を改良した。改良といっても、黒澤のスリンガーに対応できるように直しただけだが。心配事がある。正直に言って、思っていた通りに破裂する保証はない。だが使えるものは早急に有効活用しなければならない。ほかにも心配事がある。粘着グレネードが未完成なのはわかっているが、まだ衝撃グレネードを試していない。威力に不安のあるものの、自分の作成したグレネードの性能を信じ、笠原に声をかけた。バッグにグレネードを詰めた。
「できた。黒澤さんに持って行ってください」
「どれくらいの衝撃に耐えられる?」
「バッグの中でぶつかり合ってもこれが割れないかってこと? 思い切りぶつけないと中身が出ないようにきつめに接着したから、走っても大丈夫」
「わかった、急ぐよ。車はまかせた。俺たちが帰れるようによろしく」
「それはまかせてください、さ、急いで」
笠原が劇場へ駆けていくのをしばし見つめてから、高見はすぐに車内に戻った。
モニタから、黒澤からの映像を選んで表示させる。ホールの2階か3階か…この俯瞰アングルは3階席の一列目だろう。身を乗り出せば落ちてしまいそうな場所で、高見は苦手な席だった。と思いつつ、首を左右に振った。映像に映るワームを見ながら高見はゴクリと息を飲んだ。
「うまくいけうまくいけ上手くいけ…」無意識に早口でぼやきつつ、黒澤へ通信を繋いだ。
「笠原さんが向かってます」
「了解」短く簡潔な返答とともに、まるで自分がそこにいるかのような衝撃音が聞こえてくる。だがそれは黒澤からの通信音ではなかった。悲鳴交じりの音声だったからだ。
「なになになになに???」
驚きのあまり車の窓から劇場を見据えた。外観はほとんど変わってないようだが、何かが起きたらしい。しばし待った後、聞こえて来たのは笠原の声だった。
「問題発生」
「あまり聞きたくないけど、どうした」
湊である。顔をしかめる。
「楽屋口から回り込むつもりだったが、通路の天井が崩れて道が塞がれた。人が通り抜けられる幅はない。迂回するのも瓦礫をどかさなきゃならない。つまり八方塞がり」
笠原は被った埃や砂、壁の破片を払いつつも、慎重に自分の場所を確認した。咳き込みそうになるのをこらえて、あたりを見回す。
「すぐ機材もっていきます」高見は慌てて荷物を漁った。
「まて、それ以上にやばい。一緒に落ちてきたオートマタが落ちてきた」
「落ち着けすぐ逃げろ、高見さんのところに戻れ」
「半壊してるけど落下した衝撃で予備電源が入ったんだ、いま、戻れるように瓦礫、どかしてるよ。襲われるのと逃げれるのどっちが先かな」
「おい」黒澤が湊を呼んだ。「あれを相手するのに何分もつ?」
「言いたいことはわかる。一人でこれを、相手、するのにってことだよな」
しばし音声が途切れる。黒澤はそれを見下ろしているからわかるが、ワームが巨体をぶつけようと機体を縮めようとしているところだった。蛇腹部分にボウガンを打ち込むと、空気が若干抜けたのか勢いは殺せた。ワームは黒澤を探しているようだったが、こちらはホログラムシールドで身を隠しているため、見えないだろう。
「そんなに持たないが笠原の方をなんとかしないとこっちが持たねえ」
「俺が行く、それまでなんとかしてくれ」黒澤は装備に触れて、ホールの出入り口を一瞥した。
「あー、急いでくれ。ここのマップを送る、このクソ狭い中でオートマタが起動してるぞ。俺じゃなんとかならないのは、わかるよな…?」
不安げな笠原の声が聞こえてくる。
「了解。戻るまでへばらないでくれよ」
「それおれに言ってる?」湊がぼやく。
黒澤は踵をかえして素早く客席を駆け出した。ワームが3階席で動いた黒澤を見つけ、おそらく首回りだろう。それを反らすような動きを湊は察知してワームの背に飛び乗った。踏みつけても泥の上に足を滑らせているような感覚だったが、すばやく背面から首回りに右腕を回し這い上がる。義手のモーターが回転し、指の力が増幅されて体が持ち上がった。そのワームが体内にあるであろう廃材を砲弾のように飛ばし、黒澤を弾くより前に、湊は左手に持ったナイフをワームの口蓋に突き刺した。途端に機体を捩らせてのたうち回るワームから振り落とされた湊は、舞台の上に転がり落ちるもなんとか受け身をとった。
見上げると、黒澤がこちらを一瞥した後に、ホールを飛び出す姿があった。瓦礫の砲弾は3階席にめりこんだもこの、彼は無事なようだった。激昂したのか、ワームが狂ったように機体をバウンドさせて、周辺全てをなぎ払おうと頭を何度も舞台に打ち付けた。湊は体をはね上げてそれの軌道をすり抜けると、そのまま客席の椅子の上に着地した。ワームは青い目を不気味に点滅させながら、自分をロックオンしている。
(機体の装甲はビクともしなくても、中身なら通用するわけか)
胸中でぼやきながら、唇を舐めた。動悸が「落ち着け、落ち着け」と自分に言っているような気もしたが、動きを一度止めたところで体から汗が噴き出すのがわかる。湊は一度大きく息を吸って口を開いた。指をさして。
「さて、1対1になったぞ。おまえは誰だ。ただの違法オートマタか?それともウェティブか? それとも笠原社長か?誰も聞いてなくてもいい。おれは捕まって、おまえみたいな末路には絶対にならない。覚えておくんだな」
そう告げると狂ったように四方八方へ動かしていた眼球が一瞬静止し、機体が縦に大きく振動した。突然急ブレーキをかけられたかのように反動で、壁に激突する。湊は驚いて声をあげた。
「待て待て、待て!まさかこれにデータ転送してくるつもりか」
肩で息をしながらもその軌道をすり抜けて間髪入れずにナイフを滑らせると、何食わぬ顔でゆっくりとこちらに振り返るワームの、その緑色に発光する目はしっかりとこちらを見据えていた。湊は長く息を吐き呼吸を整えて汗をぬぐった。
「どういうことだ、こんなに早く転送完了するなんて」
湊の呟きを無視して、ワームはジタバタともがきながら壁への激突を繰り返した。舞台の上は既に大小さまざまな穴だらけである。
「全転送ではないみたいだな。その気色悪いワームに転送してまでおれを叩きたいって気持ちは受け取っておくよ、すぐ捨てるけど」
もがきながら接近してくることには変わりないが、先ほどよりはワームの狙いが定まってきたのがわかった。
湊は無意識に息を止め、口元を釣り上げさせてからナイフを握り直しワームへ飛びかかった。
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