きみの話(5)

 黒澤に別れを告げた後、入れ替わりで男が入ってきた。二人は出入り口付近で短い言葉を交わしたように見えた。こちらに向き直った顔は、よく知った顔だった。


「琴平さん」

 壮年の男は表情を変えず軍人のような真っ直ぐとした姿勢で入室し、規則正しく歩いてみせてから椅子をベッドの横に置いた。グレイヘアをオールバックに固め、かっちりとしたネイビーのスーツで武装している。ただの病室なのに、彼はまるで貴族のようにそこに腰掛けた。品のある動作と裏腹に、どこか不吉さを纏わせているように見えるのは、じっとりとした瞳と、窪みがちな眼窩のせいだろうか。モノクロで写真をとったら、亡霊にしか見えないだろう。その自覚があるからか記録に残るのが嫌なのか、彼は写真を撮られるのが嫌いだった。薄い唇をわずかに上下させて、彼は穏やかに口を開いた。


「さて、きみも目を覚ましたことだし、調子はどうかな」

「…悪くない。悪くないが、あんな機体相手に手こずるなんて、自分でもちょっとショックだよ」

 きみは自分の右腕に視線をやる。肘から下の無い腕だが、手のひらを開いて握る動作は感覚的に覚えている。劇場のワームのせいで義手は破損したが、いつものコンディションだとそんなことにはならなかったはずだ。人間相手ならともかく、オートマタ相手ならなおさらである。彼は納得のいかない顔で琴平を見上げた。答えなどなさそうだったが。

「ふむ。なるほどな。……。トレーニングメニューを考え直さねばならんかもな。ついでに寝ぼけ頭のきみがどれだけ理解できるかわからないが、ことの顛末を説明してやろう」

「寝ぼけてない」


 きみの反論を無視して、琴平はケースからレポートの束を取りだす。

「劇場調査の任務に向かったきみはガレージメンバー協力のもと、違法オートマタの破壊に成功した。新機種のため多少てこずったようだが良くやった」

「それ誰がまとめたの?」

「しかしそれで気が抜けたのかわからんが、劇場舞台で足をすべらせ客席に落下。頭を打ったきみは黒澤くんと笠原拓に引きずられて劇場から搬出されここに運ばれた。むやみにきみに触ると発疹がでるから台車に乗せて転がしたそうだ。これ以上お粗末な退場の仕方が続くときみの成果がどんどん霞んで見えなくなってしまうぞ」

「うっわ」

「知っての通り、きみの義手はワームを相手にしているときに破損したようだ。短い寿命だったな。カタログを渡すからあとで選びなさい。データ送信もままならない。おっと、そういえばさっき黒澤くんからモールへのマップが届いたぞ。ショッピングでもするつもりか? それと喜んでいいことだが、きみのIDの強制出動タグが無効になった。エリアから出られる」

「あぁ、良かった。でも湊のままなんだな」

 きみは喜びつつも肩をなでおろした。

「そうだ、だが今更だれも、きみを湊とは呼ばんよ」

 じゃあなんて呼ぶんだろうな、と思いつつ、きみは黙っていた。


「…かもな、それでワームから何が出た?」

「エリアでは見かけない金属だ。あのワームは3体の試作品オートマタが絡まって出来上がった、いわばゾンビだ。笠原工業から廃棄されたものの細胞が自己増殖してあの形になった。それにウェティブが転送を試みた…、とは笠原から聞いたな?」

「ああ」

「違法オートマタのワーム化についてはレポートにまとめてあるからあとで目を通すといい。問題はその金属だ。笠原と高見が調べたところ、どこで出土されるものかが判明した。このエリア外、テグストル・パールクだ。虹色の街といったほうが馴染みがあるか」

「虹色の街? ああ、聞いたことはあるが…。観光都市だろ? 観光ツアーのチラシで見たことがある気がする。ひどい宣伝文句だ。虹色の街。そんなところに笠原工業がうろついてるのか」

「そういうことになる。テグストル・パールクには笠原工業の支社はないが金属素材の買い付けのために社員が街を訪れているようだ。それに少々垢抜けない宣伝文句もインパクトがあれば興味につながる。実際にきみも覚えていたじゃないか」

「笠原工業がその金属を加工できるようになったらやっかいだな。確かに効果はあるのかもね」

「うむ。しばらくはあのワームのような違法オートマタが増えるかもしれん。金属には詳しくないが加工が難しい反面、成功すればもっと精巧なオートマタが製造されるだろう。少量でも含まれる質量が膨大で、現地でのおもな金属産業に用いられている。笠原工業はそれの取引を狙っている。そのうえ」

「まだなにかあるわけぇ?」

 きみは訝しげな目つきで琴平の様子を伺った。寝起きの頭にばかり、面倒ごとがのし掛かってくるのはなぜだろうか。

「ある。デザイナーベイビーが現地にいる」

「おっと、そいつはマズイ」

「そうだ。もしデザイナーベイビーまでもが笠原工業の手に渡ったら、彼らはすぐに実験に着手するだろう」

「最悪の場合、デザイナーベイビーに新金属を掛け合わせて、新機種の出来上がり。ウェティブはそれへの高速データ送信が確実に可能になるってか」

「そういうことだ」

「その間にも違法は増え続ける」

「そうだ。そしてウェティブの新機種へのデータ転送が可能になると、どこにでも出てくるようになるぞ。奴のデータ転送速度は現行機種の場合は時間がかかるが新機種の場合、速いスピードで転送してきた。今回は目だけだったようだが。つまり未完成の機体であっても、新金属が含まれていてば部分転送なら容易いというわけだ。狙いやすくもなるが狙われやすくもなるということだよ」

「ウェティブにぶちあたるペースが早まるな…忙しくなるなァ」


「というわけで」琴平はそう言って、ぺしりと自分の膝を叩いた。

「え?」

「きみの調子もいいようだし、すぐに向かうぞ。善は急げだ。笠原が現地で待っている」

 琴平はそう言って席を立ち、腕時計を眺めてから点滴の残量を確認した。頷きながら、こちらに笑みを送る。「あと2時間もかからないだろうから、支度をしておくよ」と目でいっているような顔だった。

 きみは思わず「へへへ」と笑い出す。なにが可笑しいのか分からないが、どうやらもう次があるらしい。自分の生活を取り戻すため、といっても、なにから取り戻すのかはわからないが、笠原工業とウェティブの目論見の中にいるのは御免だと思うのが本心なら、そこから抜け出せるように動くべきだろう。きみは悪戯な笑みを浮かべて口を開いた。

「なぁ、おれに休暇とかないわけ? 貝殻の装飾品、買いたいんだけど…」


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