きみの話(4)
横になっている気がした。それもわかった。うっすらと状況をまぶたに映す。頭では、自分の意識が戻ったことをどうにも認めたくない。意識が戻るとつまり…
(すごく馬鹿みたいな夢を見た気がする)
起きたての頭が、痛みや軋み、わずかな眠気を自分に送りつけてくるのを無視して目を伏せたまま体の向きを変えようとする。左腕がつっぱる。点滴だろうか。まぶたを持ち上げると見覚えのある顔が見えた。
「寝起き一番があんたの顔か」
力なくも笑いながら、きみはぼやいた。それに気がついたのか彼は眺めていた新聞を畳みながら返事をした。
「不服か」
黒澤だった。Tシャツにジーンズというラフな格好だったので一瞬わからなかった。彼は掛けていた椅子の向きをこちら側に変えて、ドリンクを口にしてから続けた。
「あからさまに残念そうな顔するな。おまえ寝ながら笑ってたぞ気持ち悪い」
「あんたがここでおれを診ていたってのも結構気持ち悪いぞ。あの後どうなったんだ」
きみはそう言いながら、自分の点滴の残量を見上げた。まだ半分はあるから医者はしばらく来ないだろう。
「ああ、さっきまで高見さんもいたんだが…結論を言うと任務は成功だ。詳しいことは琴平さんからきいてくれ」
「そうする。あんたたちのおかげで助かったよ。高見さんにもお礼を言いたいんだが」
黒澤は意外そうな顔をした。そんな言葉がきみから発せられるとは思っていなかったような顔だ。
「そう…か? 高見さんは、事務局に向かったよ」
「え。わざわざ何しに?」
「実は、彼女が作ったグレネードがあったろ。氷結と衝撃」
「ああ…。あれは便利だった。彼女すごいよ」
きみはそれを思い出そうと、斜め上を見上げた。ワーム型の機体を凍らせた氷結グレネードと、圧縮空気を破裂させた衝撃グレネードがあった。衝撃の威力は想像以上で確か自分の髪がちょっと焦げたな、などと思いつつ。
「実は、事務局に未申請だったんだって」
「え? それまずいんじゃないか」
「そう。まずかったんだよ。未申請の武器使っちゃったから怒られちゃったって」
黒澤は意外にも「ふふふ」と声を出して笑った。ただのカタブツと思っていたが、きみはどういうわけか、あっけにとられてそれを見ていた。笑い事じゃない、と怒ると思ったのだ。
「でも琴平さんの紹介ってのもあって、大ごとにはならなかったよ。まぁ、罰金は多少発生したけど、報酬で支払っても余裕がありすぎるくらいだ。それで事務局に登録しに行ってるとこ」
「そりゃ、大変だったな」
「高見さん本人は喜んでたけどな。”実用できた”って」
「それなら良かった。なぁ、ついでに聞きたいが、メトロシティで買い物するならどこにいけばいい?」
「買い物? 東区域にモールがあって、そこにいきゃ一通りなんでも揃うが。マップ送ってやるよ」
黒澤は端末を操作して、きみの端末にデータを転送しようとしたが、きみは思い出したかのように声をあげた。
「あ、忘れてた。おれの端末、義手一体型になってて、それたぶん破損したから送れないや。悪い。琴平さんのに送ってくれないか」
黒澤は、そういうことならと、送信先を変更した。そしてふと、口を開いた。
「なぁ、聞いてみたかったんだが、なんでこの仕事してるんだ」
「ん?なんだ急に」きみは驚いて聞き返した。黒澤に自分のことを尋ねられるなんて思ってもいなかったのだ。
「いや、得意だが好きって感じじゃなさそうだったから、なんとなくだよ」
きみは、少し考えて口を開いた。
「仕事はきっかけに過ぎないよ。おれは、どういうわけか、ごく一般の家庭とは違う意味で勝手に生み出されて勝手に放り出された。生まれてもいない、造り出されたってほうが合ってるな。だからおれは、どうして自分が、なんのために造り出されたのかを知りたい…」
「……」
「なんて言うと思ったか?」
きみは笑った。
「そんなもんどうでもいいんだ。もう生きてるんだからな。おれは。おれの生活をしたいだけなんだ。そのために邪魔してくるやつには、ちょいと道を開けてもらう。それだけだ」
黒澤は、想像していなかった答えを聞いて虚を疲れたかのように返事をした。言葉を探しているようで、口をパクパク動かしながら。
「ポジティブだな」
「そうか? でも伊野田のID吹っ飛ばされた後に、ふと思ったわけだ。このデカイ街で、おれが行ったり来たりしてることなんて、なんの影響も生まないんだよ。数100キロ離れた池で波紋が起きたとしてその影響がおれのところまで来るかっていったら、ないだろう。そんなもんなんだよ。おれがしていることとか、欲しがっているものってのは」
「おまえ…」
「え?」
「若いくせに、なんて後ろ向きな考え方なんだ」
「え? 今おれのことポジティブだっていってなかったか?」
「取り消す。俺がおまえくらいの年のころは、そんな小難しいこと考えずに目標に向かってガンガン仕事してたぞ」
「いや、黒澤さんとおれって、たいして年齢変わらないんじゃないの?3、4歳くらいしか違わないだろう」
「そうだが、おまえほど年齢不詳なやつはそうそういない。子供なんだか大人なんだかわかんねぇよ。でもま、いい経験させてもらったよ。違法の新機種の対応方法も学べたことだし。おまえに会うことももうないだろう」そう言いながら黒澤は席を立った。
「そんな嬉しそうに言うことか」きみはわざと目を細めて笑みを浮かべた。
「ふふふ、年長者から若者のおまえにアドバイスできることといえば、"自分の価値は自分で上げろ"だな。しっかり自分の場所を勝ち取れよ。じゃあな」
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