その夜(3)
「あの人たちは、なんで動いてるんですかね」
「あの三人?」黒澤はその顔を思い浮かべた。堀の深い、死神のような男。明るく朗らかな外見の茶髪の男。そして皮肉げな笑みを含ませた憂いと強さのある男。全てを見透かすような、琥珀色の瞳。
そのまま続ける。
「そりゃ笠原工業への、復讐っていうのか?」
「そうなんですけど。復讐とかそういうの以外にも、なんか探してる感じがするんですよね」
「たとえば?」黒澤は、高見の方へ体の向きを変えて聞いた。コーヒーを啜る。
「ほら、なんていうか。昔の私みたいな。この仕事、私じゃなくてもいいんじゃないかって思ったの。自分にしかできないことがあると思ったからでしょう?そういうのが、あの人たちの中にあるんですよ、はじめから。それ前提で答えを探してる感じがあるんですよ。さも当たりまえみたいに違法を追ってるでしょう。目標達成した時点で何が待ってるのかわかってる感じしません?」
「難しいこと言うね、やりがいみたいなこと?」
「…生きがいみたいなことですかね」
「なるほど」
「深くないですか?」
「生きがいか。それを借りると俺にはあの湊ってやつが、自分自身を探してるように見えたよ。今日会ったばっかりだからわからないけど」
「湊さんは、確かになんていうか。人間感がないっていうか。オートマタに見えます。人間になりたいオートマタ」
「言いたいことはわかるよ。あいつがオートマタに見えるのは、笠原工業の実験体って話を聞いてしまったからなのかな。ふつうは自分のIDが吹っ飛ぶとか失効されたらもっと動揺するもんだと思ったんだが。自分を証明するものが無くなったわけだろ。そりゃあの時は俺たちも状況がわからなくて笑うしかなかったが…。本当に人間って、自分の理解を超えると笑うんだな。そのあとだよ。つまり今。なんであんなにケロっとしてる。そんなもんなのか?」
「どうしても耐えられないものが、そこじゃなかったんじゃないですかね」
「え?」
「これだけは無理だ、耐えられない…ってものがあるじゃないですか。IDが吹っ飛ぶのもショックだけど、それより耐えられないものがあるんじゃないですかね」
「にしてもだぞ…」
「そこなんですよね。慣れっこなのか、そういうアイデンティティを気にしないのか。吹っ飛んだのがIDなだけに。だから本当はオートマタなんじゃないのか。って考えちゃうんですよ。っていうのは、こんなに簡単に違法オートマタがこっち側に侵入できちゃってたことが怖かったからなんですけど」
「伊野田、いやウェティブか…。湊の、もともとのIDを盗んだ最初の違法オートマタ」
「もうオートマタと人間の境目があやふやになってきちゃってる。そのあとに湊さんが来たから、余計にあの人が違法オートマタに見えちゃうんですよね。来る人来る人みんなオートマタ。気づけなくなる自分がこわいです」
「確かにな。自分たちで警戒心を持つだけじゃ足りなくなってきているところではあるな」
「でもこのガレージみたいな会社に、2回連続で違法オートマタが来るなんて考えも、突飛ですよね。疲れてるんですかね」
「疲れてるね。今日は高見さんも忙しかったでしょ、寝たら?」
「あの機体の解析、笠原さんとやってるんです。あの人も見た目にそぐわぬ曲者って感じしますけど、やっぱ笠原工業の人ですね、どれもこれも詳しくて悔しいです」
高見は頬を作らませて腕を組んだ。
「なるほどね…。手掛かりはありそう?」
「時間はかかりそうだけど、見つけます、それにしてもあの琴平って人も謎ですよね」
「俺はあの人が、恐ろしさでは一番だな。なんとなく」
「私もです、なんていうか死神みたいなんですよね」
「それは言い過ぎだ」
「わかりますよ、ここだけの話です、誰も聞いてません。だってあの立ち振る舞いといい資金力といい…あんな人いるんですね。元
「世の中は広いってことだよ」
「まとめましたね…そろそろ戻りますね。ありがとうございます」
「うん」
高見はぱたぱたと音を立てながら作業場へ戻っていった。再び静けさを取り戻したガレージのリビングで、黒澤は思わず独り言をぼやく。
「生きがいか…俺はなんだろうな。ああいう奴は、なんのために動いてるんだろうな」
言いながら天井見上げて考える。
(琴平って男がいくら熟練のアタッカーでも突然現れて笠原工業だの違法オートマタだの裏の話を暴露するなんて、連中がどうかしてることには変わりない。とくに湊だ。あいつが人間っていう保証もない。俺が警戒しとくに越したことないな)
「あいつ趣味あんのか?」
モニタに向き直り、再度ぼやく。無意識に口にする独り言が増えている気がするな…と思わず苦笑いすると、キッチンから人影が現れたので黒澤は肩を跳ねあげさせて驚いた。てっきりガレージの外にいると思っていたのだ。心臓に悪い。
そこにはカップを片手に持った琴平が立っていた。どこからか不明だが、話を聴いていたことになる。高見の死神発言は聞いてないことを祈り、作り笑いをした。琴平はにこりともせずに口を開く。
「彼の趣味はジグソーパズルだ」
「え?」虚をつかれた。そんな答えがくるとは思っていなかった。
「無心になれるから好きらしい。ほかに気になることはあるかな?」
琴平はソファに腰掛けコーヒーを啜る。まだいたんですね、とは言えず間を読んでるうちに彼が口を開いた。
「仕事を受けてくれて感謝している」
「え?」
「きみたちが困惑していると思うから伝えておくが、彼はオートマタではない。ただの未熟者だ。あの生い立ちであまり捻くれずに成長したのは幸いだった。単に頭の中身が年齢に追いついていないだけだが」
いつになく辛辣な言い草が後を引くような空気をひねり出すのを感じ、黒澤は訊いた。
「あの人は、どうしてこの仕事をしてるんですか」
「ふむ。彼が自分で決めたことではあるが。隠れるのに疲れたのだよ。自分に降りかかる厄介ごとは振り払わねばならん。逃げ隠れる道も正しいが、理不尽さに歯向かうこともまた、正しい。それだけだ。あとは本人に聞きたまえ。あれでも根は陽気な男だ」
わかったようなわからないような言葉を黒澤はできるだけ掴もうとした。難しかったが。こちらの表情を読み取ったのか琴平は席をたった。
「我々はお暇するとしよう。笠原は置いていくが役に立つ。問題を起こすことはないと保証しよう。よい仕事ができることを期待しているよ」
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