その夜(2)

「外で何話してるんですかね」

 作業の傍らドリンクを取りに高見がリビングにやってきた。自分に話しかけていることに数秒経ってから気付き、黒澤はキーボードを動かす手を止める。

「俺たちのことと、次の作戦のことだろう。あいつはやっかいだ。やっかいなんだが、報酬が高額だ。それに違法オートマタについても知識が得られる」

「あいつって、湊さん? 違法について知れるのは賛成」

「なんなんだ一体」ため息。ため息は消えることなく、目の前に積み重なっているような気がした。なんだか今朝が遠い昔に思えてきた黒澤である。

「ただのオコボレ仕事だったはずが、まさか笠原工業と関わることになるなんてな」

「黒澤さんって、なんでこの仕事してるんですか?」

「え?」

 急に話題を変えられて黒澤は不意を付かれた。目を丸くして高見を見る。

「聞いたことなかったですよね」

「えぇ…まぁ、そうだな」モニタから視線を動かさない黒澤。

 黒澤が言葉を詰まらせたことに気づき、高見は鼻からすっと息を吐いて微笑んだ。


「私はですね。前は食品系の会社にいたんです。そこで設計やってました。食品のパッケージとか梱包とかそういうマシンの設計」

「うん、なんか前に聞いた気がする」

「面白かったけど、なんか違くて。思ってたのと違ったんですよね。買い物にいくと、お店に並んでる商品のパッキングとか、うちの会社のだー、とか思ったり。よその会社に提案したりってうのは楽しかったですけど、私じゃなくていいかなって」

「うん」黒澤は頷いた。

「私じゃなくていいかな、って思ってたからかな。経営が傾いてリストラ対象になってクビになったの」

「うん」

「一時、そういうの流行ったじゃない。どこも不況で。運悪く、それにあたっちゃんたんだよね。でも貯金はあったから、一回エリアの外に行こうと思って」

「行ったの?」

「行ってきた。エリア自体が広いから外に出る申請は大変だったけど、行ってきたんです」

「どうだった」

「世の中広いなって。ずっとエリアの中で生活してたからびっくりしました。でも違法オートマタなんて、ぜんぜん出てこないんですよ、ニュースにもならない。最初は気が付かなかったんですけど。オートマタはいるんですよ。でもここで見るような違法は見かけないんですよね。それでおかしいなって思って興味を持って」

「うん」

「ちょっと調べてみたら、事務局があったのでまず登録して、今に至ります」

「最後だけずいぶん削ったね」

「えへへ。機械触るのだけは得意なんで、そこだけがんばりました。今となっちゃエリア外にも違法オートマタが出ていくようになっちゃったから、余計にその謎っていうか知りたくて。あの頃は情報操作されてたのかな、とか違法オートマタの勢力がまだ外にでてなかったのかなって、いろいろ考えましたよ。外は広い分、私って無知だなって。だって、湊さんとか笠原さんたちって、エリアの外も見てきてるわけでしょう。羨ましいし」

「エリアの外か。メトロシティでの生活が当たり前すぎて不思議に思わなかったな」

「黒澤さんは? 理由」

「んー、高見さんと似たようなもんだよ」

「へー、リストラされたんですね」

「そーゆーこと」

 黒澤は答えをはぐらかして笑った。

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