琴平の依頼を受注せよ
「互いに攻防してるわけなんですか…、すごい兄弟げんかですね」
高見は呆れと感嘆の中間のような声色で感想を述べた。身内の喧嘩ほど、滑稽なものはない。完全に身内とは言えないが。
「まー、今回みたいに間接的に殺されたのは初めてだ」
湊はそう言って、自分の首元で右手を翻した。恐らく首をひねった動作のつもりだろう。
「そういうことだ。違法オートマタの数を減らし、ウェティブを叩くことが、笠原工業を潰す一つの方法といえる」
「とかげのしっぽ切みたいなもんだけどな」
湊は呆れ声でそう言いつつ腕を組んだ。うんざりしている様子が見て取れて、笠原は嘆息した。
「でも、そこの、…ええと笠原さん?がいれば笠原工業つぶせるんじゃないんですか? あ、そんなんできるならとっくにやってるって顔しないでください」
高見に話を振られて、笠原はお手上げのポーズをしたが、表情をすぐに戻して話を始めた。
「あ、悪い悪い。君たちみたいな職種の前で、自分の名前をいうのは正直気が引けるよ。秘密を知っているやつはほとんどいないが疑っている奴らもいるからさ。俺はあんたらとはちょっと立場が違くてな。お察しの通り、笠原工業とはつながっていた。いまは俺の姉貴が社長だ」
「こいつのねーちゃん、怒らせなくても怖いんだ」湊は冗談まじりで口を挟む。
「女は強いからなぁ。っていっても違法オートマタの実験を始めたのはもっと前だ。親のそのまた親の代からやってたよ。最初は軌道に乗らなかったらしい。まー、デザイナーベイビーの特色を見落とすぐらいの会社だったからな。姉貴がぜんぶ立て直してる。俺はまぁ、いろいろあって勘当されたんだ。あの稼業に加わる気はなかったしエクスプローラになりたかったから」
笠原はカウンターで足を組み直してそのまま話を続けた。
「言い方は悪いが、あの人はどうにもできないよ。血がつながってるとは正直思いたくはない。ただ、いまこの少ないメンツで笠原工業に乗り込むなんてただの自殺行為だ。あの会社が製造している警備オートマタで治安が保たれてるのも事実だからな。それを批判してかかっても、こっちが潰されるからね。それだけは言える。もっと言えば、おれたちは時期を待っている。攻防しながら会社を揺さぶれる切り札を見つけるために。まぁ、こっちはずいぶん分が悪いが」笠原が湊に声をかける。
「何戦何敗だ?」自分の腕を掲げて、自分を指さす。しゃあしゃあと舌を噛みつつ。
「落ち込むな、ウェティブがデータ転送できる機体とわかったのはきみの特色のおかげだ」
(あれで落ち込んでるのかよ…)と黒澤は胸中毒づいた。
「フォローどうも」
「…とまぁ、違法を叩きつつ各地を転々としてるわけだ。ちなみに笠原工業の裏の顔を知ってる奴は他にもいる。だからって仲がいいわけじゃないがな。この業界の奴らってのは、そう。自由人ばかりだから」
「ほかにもいるのに、協力しあわないんですね」高見がそう言うが、黒澤が静止する。
「大手企業のやつが一人、エリア外で一人、まぁいるにはいる。ちなみにその大手の奴とこいつは犬猿の仲ってほど最悪な間柄だから協力するのは無理があるね」笠原が茶化すと、湊は迷惑そうな声色で返事をした。
「お互い嫌いあってんだ、相思相愛ってやつだよ」
「というわけでだ」琴平が仕切り直す。カップをテーブルに戻して黒澤たちを見据えた。
「事務局を通じて君たちに指名依頼をだす。手を貸してほしい」
「手を貸すとは、どういったことですか」
黒澤は姿勢を正して、慎重に訊く。
「もちろん、協力を仰ぐだけだ。内容を見て不服なら蹴ってもいい。事務局を通じて他の会社へ依頼が行くだろう。だがこちらとしてはガレージに依頼をしたいのが本音だ。あなたたちは腕がいい。先に条件を提示しよう。これを観てくれ給え」
黒澤と高見はエアモニタに掲示された内容を確認した。さきほどの機体を調べること、さきほどの機体が拠点にしていた場所を割り出すこと、その拠点を捜索すること。内容はこうだった。二人は時間をかけてそれに目を通し、最後に数字を見た。前金と成功報酬だった。黒澤はまぶたを伏せて頷く。そして彼らに向き直り一言。
「協力するのは今回だけだ」
「黒澤さん?」高見は嬉しさと驚きを混ぜた声をあげた。
「条件が…いいんだ」
「貧乏会社ってつらいっすね」
琴平は満足げな表情で端末を閉じた。
「ではこの内容で指名依頼を飛ばす。受注完了後にさっそく取り掛かってくれたまえ」
それを聞いて、高見は黒澤に耳打ちした。
「この琴平って人と組んだら、私たちも厳しいお説教うけちゃうんですかね」
「そうかもしれないな」
嘆息交じりに黒澤は湊に向き直ったが、彼は何も言わずにガレージの外へ姿を消した。
凝縮された1日の割には、夜が更けるにはまだ早い時間だった。
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