全員集合(1)

 時計がそこに無いのに、秒針の音が頭の中に聞こえるのは、わざとらしいくらいの静けさのせいだと湊は思った。誰かに一連の出来事をレポートにまとめてもらい講義してもらいたいくらいには混乱している。


「あー、そうだな。何から話すべきか」

 湊は顔面を冷やしながら言葉を探した。黒澤と、特に高見が落ち着かない面持ちでソファに腰掛けている。笠原は少し離れたカウンター。琴平はといえば、ひとり寛ぎながらでコーヒーカップに手をかけていた。機体の残骸は、笠原が完全に停車したのを確認してから、作業台へ運んだ。


「まずは、そうだ。通報しないでくれてありがとう。助かった。あー、自己紹介からだな。今のIDは湊。それだけだ。ついでにだが、彼は笠原。そっちのは琴平。おれたちはずっと、一体の、いや、ひとつのオートマタを追っている。それは笠原工業で造られた、いわゆる違法オートマタだ。まずは違法オートマタの話からにしよう」


 琴平が頷いた。

「待て待て、笠原工業がかんでるのか?」黒澤がすかさず声をあげた。

「そうだ」

「笠原工業っていったら、業界最大手だぞ。それが違法オートマタを造ってるだと?」

「そうだ」これは笠原。「念のため、確認するが、聞けば戻れなくなることもあるぞ」笠原はそのまま続けた。だが誰も首を横に動かさなかった。


「笠原工業は違法も警備用もどっちも造って儲かってる。ちなみにだが違法の性能はだれが量ってると思う?あんたたちだよ。違法相手に大規模な兵器が使われない理由がこれだ。一瞬で木っ端みじんにしたらデータが取れないからな。この方法を押し通した大手の中に笠原工業のやつが紛れてたんだろうが、その話は今はいいか」そう言って湊と目配せをする。

「おれたちが追っている違法がさっきの機体。おれに成りすましてこのガレージで働いていた奴だ。ウェティブ・スフュードンって名前がある」

「あんたは名前とられたのに、違法には名前があるなんて皮肉だな」黒澤は冗談まじりに告げた。

「まぁね」湊は笑った。全くそのとおりだと思ったからだ。


「ウェティブ・スフュードンは笠原工業で一番はじめに造られた違法オートマタだ。そいつらは実験で生まれたんだが。…違法の定義を知っているか」

「えっと、廃棄予定のオートマタを違法に流用したり改造したりして、登録なしに使用しているもの?」高見が答える。

「そうだ。あとひとつ。人体実験で生まれた機械だ。それも含まれる」

「うーん、だんだん知りたくなくなってきたかも」高見がソファで膝を抱えた。

「デザイナーベイビーっていってね。オートマタっていっても簡単に言っちまえば人造人間なんだが。笠原工業の奴らはあくまで人間をベースにしたオートマタを製造しようとしていた。自分で細胞を自己修復、自己再生でき、なおかつ電子機器とも通信できるオートマタだ。それを製造するために、まずは遺伝子を予め操作した人間を作った。それがおれ達デザイナーベイビー」湊は自分を指差す。


「待て待て」黒澤が口を挟んだ。「おれたち?だと」

「そう。ウェティブはもちろん、他にも何体かね。おれもその一人だった。ほとんどが破棄されたけど」

「ちなみに、俺と琴平さんは違うからな」笠原が補足する。それを待って湊は続けた。浮かない顔をしている。

「その中でウェティブだけが、成功した。あいつは本体が人間の素材でありながら、ネットワークに介入できる。笠原工業に置かれてる本体から自分のデータを他の違法オートマタに転送できる。さっきおれを名乗ってたやつも、機体は元おれのIDだったがデータはウェティブのものだ。あいつらはそういうオートマタを増やす気でいるんだよ」


次いで笠原が口を開いた。

「そのためにデザイナーベイビーが必要なんだ。当時は明らかにされていなかったが、完全にオートマタ化ができなくても、その特色が消えたわけではなかった。事もあろうに研究者たちはそれに気づかなかったんだよ。それで今更になって当時廃棄したデザイナーベイビーを探し出している。新しく製造もしているみたいだが、彼ら第1世代ほどうまくはいかないようでな。探して捕まえることにしたらしい。数年前からその動きが活発になり、こいつも狙われ出した」


「右手はそのときに?」高見。冷静である。湊は微笑みながら答えた。

「いや、右手は数年前に別の作戦でね。おれの場合は、血液に通信用の素材が混ざってんだ。オートマタ化するための素材だからだろうな。自分の細胞もそれに適応できるように設計されてる。逆に人間の細胞に触ると副作用で発疹がでちまう。だから、本当は違うけど接触恐怖症とか潔癖症とか言ってる。素手ではなるべく触らないでくれ」

「じゃあ、違法オートマタの動きがわかるってのは?デザイナーベイビーの特色って?」

「おれの特色は、高速通信機能の一種らしい。本来の機能はオートマタ化したら発揮されるみたいなだが、中途半端なもんで、今はオートマタの動きがちょっと先読みできるだけってわけ」


 湊はできるだけ冷静にゆっくりと答えた。自分に言い聞かせるように。

「そ、だからこいつがもしもオートマタ化して、本当に高速通信が可能になったら、俺の使っている遠隔探査のリモートエクスプローラも、このエリアのネットワーク外で使えるかもしれないようになる可能性があるってこと」

 笠原が意気揚々として補足を(願望に近いが)口にするのを聞いて、湊はわざと彼を睨みつけた。彼を指さして足を組んで辛辣な口調で告げた。

「おれは、こういう悪用を阻止しなきゃなんないわけだ」

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