正体を暴け(4)

 突然、自らの回路を焼き切り、人間でも金属の塊でもなくなった物体を目の前にして湊は言葉を失った。怒ればいいのか、悲しめばいいのか。 ただひたすらに、立つことも忘れてその残骸を見つめていた。真顔である。


 自分が膝をついていることすら忘れている。その残骸に触れてID表記をさせると、死亡の文字が浮かび上がった。何度繰り返しても同じだった。死んだのは伊野田だった。ウェティブ本体は、また別の機体にデータ転送をして、彼の前に現れるだろう。何度も繰り返したことだった。自分のIDを奪われる前までは。


「あ…」

 誰かが声を発した。喉の奥から漏れた音だったかもしれない。意味はないのだが、次に聞こえてくる声は朗らかな物だった。

「ひとまずー、これ、片しません?なんか、散らかっちゃったし」

 高見佳奈がいつのまにかビールを片手にそれを指差している。彼女はぐびりと音を立てながら喉をビールで潤した。彼女は彼女で、状況を飲み込むにはまず、自分のペースに戻ることが必要と考えたのだろうが。

 そんな簡単な一言であったが、湊の、非常に回転数の落ちた頭を動かすには「大丈夫か」聞かれるよりずっとよかった。何事も無かったかのように事を進めてくれていたほうが良かった。


「そうだな…、悪い、あんたのだろ、あれ。壊しちまって」

 ほぼ無意識に、湊は口を開いた。先程、棚にぶつかった拍子に転がり落ちた上に蹴り飛ばした装飾品を指差した。貝殻の飾りだったのか、当然砕けている。石灰と、デコレーションされたカラフルな飾りが無残に床に広がって、揺れる照明の光を反射させている。

「あ、うん。仕方ないし。買ってくれれば、嬉しい。売ってたら、いいな」高見がそうぼやき、湊は話を聞いているのか聞いていないのか上の空で頷く。


 湊が無言で膝を伸ばすと(無意味に着ているシャツの襟をのばして叩くなどして)視線の先に黒澤がいた。そういえばさっき会ったばかりだったな、など思いつつ。黒澤も顔をしかめて湊を一瞥するが、歩み…寄りはせず、片足でそろりと残骸を小突く。機能を停止した違法オートマタ。短い間だったが酒を飲み交わしたこともある、優秀な人間だと思っていた元同僚。黒澤はオートマタの顳顬に触れた。高見を呼んでデータチップを確認しているようだ。恐る恐る機体をつつく。問題ないとわかれば動きはスムーズだった。会社のデータが本当に抜かれていないか見ているようだ。湊はぼんやり、それを見ていた。


 へっ、と誰かが鼻で笑った。

 誰かがつられて笑い出した。

 肩を震わせる湊。目を見開いたまま笑いを堪える高見。それを眺めて微かに笑い出す黒澤。だれが初めに声を上げたかわからないが、三人は次第に顔を見合わせて笑った。こみあげる。恐怖と困惑が混ざった、意味のあるのか無いのかわからない共感。夕食のスープに、塩だと信じて砂糖を入れ続けた結果を食卓で囲んだ時ような後味の悪さ。この場の受け入れ難さに反発するように、小刻みに笑っていた。


唐突に。


「あんたら、なにしてんの?」

 息を切らせて走ってきたのか、肩で息をしている茶髪の男がいつのまにかガレージに居た。状況が全く理解できていないという意思を全面に出した顔を彼らに向ける。そして三人の足元に転がっている残骸を見つけ、悟ったように、そこで肩を震わせてる湊の顔を見た。


「なんとなくわかるが、誰か説明できる人いるか?」

 笠原が声をかけると、湊は深呼吸を繰り返して告げた。まだ目は死んでいたが、残骸を指差してぼやく。

「元、おれ」

「あー…そう。そうか。……顔に靴跡、ついてんぞ」

 手を翻して笠原が言うと、その後ろからスーツを着こなしたグレイヘアの男がゆっくりとガレージに入ってきた。高見は最初、影だけが入り込んだと思って目を凝らした。男は彫りの深い顔の眉間シワを寄せ、厳しい顔でそこにいる。湊は笑いもしない。


「きみは、人間相手のハンドトゥハンドコンバットより、言葉の理解力を高めたほうが良さそうだな。すぐにここから離れろ、の意味もわからないのだから。伊野田のラベルが剥がされてからきみは無様だ酷すぎる。名前が与える影響がいかに強いかわかったな、アタッカーなどやめて論文でも書いてなさい。名前が変わったのだから、生き方を変えて見るのも一つの手だぞ」

 男がそう告げた頃には誰もの顔からも笑みは消えていた。


「で、今度はどちらさま?」そう黒澤が口にすると、琴平は滑らかな動きでIDを掲げた。

「こういう者だ。突然の来訪に驚かせてすまない。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」

「この図々しさ…事務局のひとってかんじ…」高見がそうぼやいて琴平を見上げた。

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