正体を暴け(3)
音が遠のいて行く気がしたのは錯覚だろうと、黒澤は思った。潮が浜辺から永遠に引いて行ってしまうような喪失が、自分に生まれつつあるように思えた。
高見に目の色を指摘されたオートマタはゆっくり、まず黒澤の顔を見て笑った。黒澤は唇を硬く引き締めて緊張をしている。察した湊が立ち上がるよりも早く。
黒澤の手から拳銃が弾け飛んだ。その反動で発砲。壁に穴が開き。体を倒される反動で黒澤が足を振り上げるが、既にそこにそれはおらず。高見を緑の双眸で睨め付け襲いかかろうとしていた。
落ちていたガラス片を彼女に投げつける軌道を読み取り、湊は間に体を無理やりねじ込んだ。破片が自分の左腕を掠めていくが、湊の視界に入ったのは、しっかりとロープガンを構えた高見だった。焦点を変えるとこちらに飛び込んでくる線が目に映り、慌てて体勢を低める。空気を切る音が耳元を通過し、無理やり体の向きを変えると、起き上がろうとしている黒澤と首にロープが絡まった機体がいた。
バランスを崩しているそれに、畳み掛けるように飛びかかる。機体をぐにゃりと歪ませて、湊の一撃を交わした。拳銃を拾った黒澤は、床の上で転がり合う二人を狙いつつ、高見の様子も伺った。彼女は急いでロープを装填している。
二人の目前にいるそれは、人間の動きをやめた。人間の形を保つのもあきらめた。ただの機械だった。湊は舌打ちする。
だが自分が警戒しているよりもアッサリとそれは床にひれ伏し倒れ込んだ。さきほど同様、こちらが馬乗りになった状況に逆戻りしたが、今度は誰も湊を狙っていなかった。訝しげに思いながらも湊は自分の義手端末を展開する。
「どういうつもりだ?」
それは、自分に成り代わっていたウェティブ・スフュードンは顔に含んだ笑みをそのままに口を開いた。目の色も声色も違う。伊野田としての声やそぶりは捨てた、ウェティブ本人のものだ。湊は初めて、自分が怒りに身を任せていると自覚した。黒澤と高見の存在を忘れるくらいに。
「…、こんなに早く見つかっちゃうなんて思ってなかったよ。もうちょっときみで遊びたかったのに」
その声を聞いた高見が頭を抱える仕草をした。無意識だろう。
「おまえのお遊びに付き合ってられるほど暇じゃないんだ。さっさとIDを返せ」
そう言いながら、湊はそのデータを回収するために義手から端子を伸ばし、ロープをずらしてその頸動脈にあてた。しかしウェティブの左手がその手を掴む。湊は舌打ちをして、義手ごと床に打ち付けた。黒澤が拳銃を再び構えたが、湊は首を横に振る。ウェティブは薄ら笑いを浮かべて口を開いた。
「なんでわざわざデータバンクにハッキングしてIDを奪ったと思う?きみの帰る場所をちょっとずつ無くしていくためだよ。きみが違法オートマタを破壊しつくそうとしているのと同じように。きみの存在意義を無くしていこうと思う。まずはこのIDだ。お別れの言葉は考えた?」
湊はその意図をようやく察し、背筋を凍らせた。制止するよりも先にウェティブは、笑い出した。目も口も、笑いの造形は取っていない。どこも、何も映し出していない。ただ、どこで覚えてきたのかわからないくらい、明るく朗らかな笑い声だった。顔と声がまったく一致しない光景に、おぞましさすら感じて、湊はウェティブの手を解くのを諦め、、その首元に無理やり端末を刺した。
同時に。
一瞬の金切り音。手が痺れ。その首元で小さな閃光。
湊を掴んでいた機体の左手がぱたりと床に落ち。動かない。目と口を見開いて、そのまま。
ガラスの瞳は黒に戻り何も映すことはなくなった。
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