正体を暴け(2)
なんともはや、と胸中ぼやく。追っていた機体に、こんな所で出くわすとは夢にも思っておらず湊は嘆息した。
“それ”は、自分が探していた、伊野田と名乗る偽物の機械は、黒澤に体を起こされ、頭をふって立ち上がった。「通報しよう」と激昂したフリをしている。黒澤は息を飲み困惑した表情をしながら「待て」と、なだめつつも全員と適度に距離を保っているように見える。
高見も、不安そうな顔をこちらへ向けておそるおそるソファの陰からでてきた。さすがにビールは掴んでいなかったが。かわりにロープガンを掴んでいる。
「あんた、いきなりどういうつもりだ?…俺としたことが。IDを見せろ」
「よくもぶん殴りやがったな」
湊は口元を釣り上げながらわざと恨めしげな声を上げる。伸ばした足を片方だけ抱え込み、注意しながら壁に背を預けた。
「は…?なんだ? 親父にもぶたれたことないのにってか? 黙って見せるんだ」
黒澤は険悪な目つきで、構えた銃をこちらに向ける。湊は舌打ちをした後、すっと、顔から表情を消した。相手の動きを確かめながら慎重に右手を伸ばし、義手の端末を起動させた。自分でも見慣れないIDをその場に展開させ、自分でも見慣れない表記に顔をしかめる。黒澤は構えていた銃をわずかに下ろし_警戒は解いていなかったが_それを確認して高見を一瞥した。彼女はそちらに目を合わせることはなかったが、端末を操作している。
(早速調べてやがんな)
胸中毒づきつつ、目前に立ってこちらを見下ろしている伊野田の動向も伺うが。顔面の筋肉を中央に寄せて、恐らく“不快”を表す表情をつくり、眉間に皺を作る造形にプログラムしつつも、口角をつりあげた表情を崩さない。高見が3人の顔を見回しながら落ち着きなく端末を叩いている。ちらちらと伊野田を気にしているようではある。
「強制出動タグだと?」
黒澤が嫌悪感をあらわにする。伊野田がほくそ笑むのが見えた。まさかそんな人間に助けられた挙句、ガレージに同行させてしまったことを落胆したような声色である。高見が、黒澤を呼んだ。小声である。
「黒澤さん、この湊って人のIDが、一掃作戦に参加してた記録がないよ」
そんなところまで調べたのかと、感心と諦めが湧き上がる湊である。説明したい気持ちはあるが、目の前の偽物を前にして、どういった言葉を選ぶべきか。その間、端末が通知を伝えた。右腕を引き戻すが、端末を確認しようとすることはできなかった。
「あんた、なんなんだ?」困惑した表情で黒澤が口を開いた。相変わらず銃口はこちらを向いているが、戸惑いの色が浮かんでいるのがわかる。
「…さっき、探してる機体がいるって言ったよな、それがこいつだ」
そう言って湊は、険悪な笑みをそのままに顎でしゃくって伊野田へ視線を促した。黒澤は怪訝な顔をしながら横目で伺うように彼を覗き込んだ。そんなもん信じるか、という顔に疑惑をスプレーした顔だ。少し”それ”と距離を取ろうとしているのがわかる。それの異様さに気づきだしたからだろう。拳銃を握る両手がわずかに緩んだような仕草を湊は見逃さなかった。もう少々揺さぶりをかけたほうがいいかもしれない。
先ほど端末に届いた通知は、通信が突然切れたことを疑問に思った琴平か笠原のどちらかすからだろう。床に転がった高見の装飾品を眺めつつ彼らの到着を期待して、湊はイチかバチか口を開いた。身体の発疹が収まった。伊野田は目を細めこちらを睨んでいる。まだ動き出しそうにない。湊が違法オートマタの動きに敏感なのは彼であれば、ウェティブであればわかっているだろう。
「今ちょっとした乱闘になったのに、息も切らしてないのはなんでだろうな」
湊がそう告げると、反応を見せたのは高見だった。視線を黒澤に飛ばしたその顔は、クエスチョンマークのなかに疑惑を交えたオレンジ色をしていた。も少しで警告色の赤色になりそうではある。伊野田の左足が、わずかに後退する。湊は間髪入れず口を開いた。こういう時の正解がわからないため”なるほどこれがヤケクソか”と冷静になる自分と、”さっさとこいつら全員ぶちのめせ”と捲し立てる自分がいると自覚しながら。
「こいつがここに所属してからの仕事ぶりは? 成功率は高かっただろうな。帰って来たときはだいたい無傷だったろ。今はどうだ、おれはこいつの右手に警棒刺したぞ。骨くらい折れてても良いくらいなのに血すら出てない。どうしてか平気か教えてやるが、こいつがオートマタだからだ」
高見と黒澤は目だけを合わせ、それぞれが両手に力を込めたそぶりを見せる。互いに、どちらを狙うべきかを探っている様子だった。
「いい加減、茶番はやめたらどうだよ、おまえの目当てのおれがここで銃を向けられてんだぞ、チャンスを逃すか? ところでガレージでどのくらいデータを盗んだ? 小さい会社だから狙いやすかっただろうな。次は誰を狙う?」
最後はハッタリだ。自分でも正直、何を言いたいのかがわからなかった。だがそれが効いたらしく高見が小さな声でそ…っとぼやいた。
「…伊野田さんて、目、みどりでしたっけ」
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