文香社長の話(2)
「ところで今日は会議ね?」文香は時間を確認しながら口を開いた。非常に浮かない顔をしている。
「はい。先の一掃作戦の収益と損失、新機種のデータについての会議です」
「ああ、頭が痛い。酒飲んで二日酔いのトンチンカンな役員どもを納得させるのは骨が折れるわ」
文香は頭を掻いてから、眼鏡ケースを取りに一度デスクへ向かった。丁寧な装飾が施された木製のデスクはよく手入れされ、艶を放っている。上段の引きだしからそれを取り出し、ソファに戻ると、彼女はヒールを脱いだ。ふわふわのカーペットに足を乗せ、足の指のストレッチをした。
「資料こちらです」櫛田はすぐに会議資料を彼女の前に展開させた。
「ありがとう」彼女は眼鏡をかけ、真剣な面持ちでそれを眺めた。数日前から目を通している資料を櫛田がバージョンアップさせたものだ。つくづくできる男だと彼女は思った。
マイナス数字を見ていると頭が痛くなるが、回復が難しいわけではない。新機種の完成がカギを握るのだが。データの高速転送が実現できると実証できればもうあの機体は必要ない。用途別に複数の機種を製造せずとも一機種だけ製造すればよくなる。それに警備、軍用、医療など各々特化したデータを転送すれば良いのだ。大幅なコストダウンにつながる。機体のメンテナンス方法をシンプルにすることと、データのアップデートを続けられるように組織づくりをしなければならない。
そして狭範囲高密度のエリア内であればまずは実験ができる。ウェティブで実験をするのだ。彼はそうとも知らず、喜んで教えた場所へ向かい新機種にアクセスしようとするだろう。新機種に高速データ送信可能かどうかをだ。結果データが待ち遠しいくらいだった。その結果がでれば、テグストル・パールクでの金属素材の買い付けに着手できる。それが完成する頃にはウェティブのデータとはお別れだろう。しかしウェティブが笠原工業のデータを握られている件を除けばだが。今はそのことは頭の片隅に寄せて、彼女は資料に向き直った。櫛田が思い出したように口を開く。
「あ、それと今週末の会食なんですが…」
「んー」文香は顔をしかめる。
「忘れてた、なんだっけ」
「取引先との会食です」
櫛田は文香の反応を予想していたかのように、取引先の情報を展開した。先代からの交友関係がある会社で、今でも挨拶状や季節の贈答品等のやりとりが交わされている。しかしそれだけである。企業同士の業績アップにつながるような関係までとは行かず、文香は会議といい会食といい、この手の集まりを全て廃止したいくらい嫌いだった。文香よりも、取引先の社長と同年代である笠原工業の役員のほうが会食に積極的なくらいである。しかもあたりまえのように経費を使うものだから先日、”無駄な接待会食は控えろ”と言う趣旨の通達を総務から出させたばかりなのにこれだ。やりたいことをやるのに、いちいち回り道ばかり選ばなければいけないことの方が多いと、文香はこの役職に就いてから何度も思った。ためいきを飲み込んで、瞳を閉じた。
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