文香社長の話(1)
笠原
「お待たせしました」
「あら、わざわざ紅茶まで、ありがとう」
秘書の櫛田は無言でカップソーサーをテーブルに乗せた。琥珀縁の眼鏡を掛け、黒髪をジェルで固めている。ちなみに無香である。
彼女はにこやかに、トングでレモンを紅茶に浮かべ、ティースプーンを3周させてから口をつけた。櫛田にソファへ腰かけるように促す。カップについたオレンジの口紅を指で拭った。
「自分の分は用意してこなかったのかしら」
「業務中ですので」
「…カタイわねぇ。ウェティブが新機種に食いついたから、すぐに本体データへ廃棄場所の座標を入力して」
「了解です。しかし本当に情報に乗ってくるなんて」
櫛田はソファに腰を下ろし、膝の上にトレイを乗せた。
「過剰に"ない"と言って隠せば隠すほど、相手は疑って"ある"って思うわ。相手は私たちが造った最上級の機体だけど中身はサンタを信じてるレベルの子供、こちらのレールに乗せるなんて簡単」
「では、失敗作、いや新機種の廃棄場所の件かしこまりました」彼は端末を操作し、すぐに座標を入力した。
「追跡、監視も頼んだわよ」
「ウェティブの気が散るのでは?」
「お互いに監視しているのは、もうわかっていることよ。いつもどおりにするのが一番いいの」
「了解です」
「ウェティブの兄弟型の追跡も頼んだわよ」
「アトラスですか」
「ええ。ウェティブの性能を十分に発揮できたら、今度はアトラスの番。あの性能は有効活用しなきゃね。オートマタの動きが読めるって報告があったわね。分析して応用すれば、オフライン状で大量データ転送ができる可能性がある」
「デザイナーベイビーの特色ですね。ウェティブのデータ転送とアトラスのオフライン通信を組み合わせて実験できれば、ほかの企業にまた差をつけられますね」
「ええ、新しくデザイナーベイビーを造る費用も、この結果じゃ捻出されないでしょうね。つくづく先代の無能さを恨むわ。ちゃんと確認せずデザイナーベイビーを手放すなんて。この失態を脱却してみせる」
ソーサーをテーブルへ置きながら、苦い顔をする。うっかりレモンの種を噛み砕いたらきっとそんな顔になるだろう。
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