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ウェティブの話(1)
暗がりのガラスに映った自分を、ふと見つめた。自分の瞳が緑に輝いていることに気づき、それは"うっかりしていた"とういう仕草をしてから(口を開いて目を丸くするとか、それに手を添えてみるとかいう)、目を閉じる。
瞼の奥の部品がキュルキュルと音を鳴らしているのを感じて目を開くと、ダークブラウンの瞳に戻っていた。このままチームに戻っていたら、瞳の色について尋ねられて面倒なことになっていただろう。そのまま、自分の機体に不具合がないかを確認して、にっこりと笑って見せた。
機体はオーソドックスなオートマタを改造して、好みのパーツを取り付けたものを利用していた。見た目相応の筋力値を設定し、外側には人工皮膚を栽培したものを何層にも貼り付けた。だから本物の人間のような弾力とハリがある。髪や爪などの細かいパーツは自由に色を変えられるので、伊野田本人を真似ているが、瞳だけはそうはいかなかった。笠原工業にある自分本体のデータを転送すると、どうしても緑色に着色されてしまう。だからこれは意図的に設定しておかないといけない。油断するとすぐ緑に戻ってしまうからだ。油断というのは、自分がウェティブとして動いてしまった時のことで、例えば今である。
アタッカーとして指名業務を受けてやってきた先だ。基本的に仕事は一人で受けることにしている。それが職場加入の条件だった。誰かと組むと、ごまかしながら動かなければならないのがやっかいだからだ。
違法オートマタの相手ほど簡単なことはなかった。自分自身が違法オートマタだから、それこそ廃棄されて機能の低下している機体へのハッキング操作など容易いものだった。こんな働き方をしていたら本物の伊野田が怒るのではないかと脳裏に(実際にはハードディスクに)その顔を思い浮かべて彼はほくそ笑んだ。
IDを奪うのは簡単だった。オートマタ一掃作戦の開始と共に、エリア内の通信網が混乱した。大量の通信データが飛び交う中での作戦で、データバンクを狙うのにもってこいだった。
エリア内で摘発された複数の違法オートマタ製造元を、事務局が警告した後でも稼働していた場所に限り攻撃を仕掛けた。事務局に登録している多くの業者が参加し、エリアの複数のポイントが混乱に巻き込まれた。それに便乗する形でデータバンクにアクセスをし、IDを書き換えたのだ。
そして笠原工業が自社の警備オートマタを出動させたこともあり、思いの外、収束するのは早かった。ウェティブは笠原工業の監視カメラをハッキングして、状況を見ていた。
悪天候の中、違法オートマタを次々に壊していく彼を。自分がIDを盗んだ男の姿を見ていた。そして、笠原工業の人間に追い詰められて泥沼に落下する一部始終を思い出す。あの時に捕まえていれば済んだことを…と悔やんでも遅く、ウェティブはゆっくり工場内を進んで、依頼目的だった機械のパーツを回収する。なかなかお粗末な代物で、こんなものを再利用して人間たちは何をしようとしているのか全く理解できなかった。想像していたより早く終わってしまったから、時間をつぶしてからチームに報告しようと、ガードに腰を下ろしたところで、通信が直接頭に入ってきた。なんとなく周囲を見回してこめかみに触れる。
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