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黒澤当麻の話(1)

 最寄り駅から出て手のひらをかざすと、パラパラと小雨が降り始めていた。行き交う人の姿はまばらだ。人もオートマタもさほど外にでていないようだった。


 少し肌寒く感じた黒澤はチェスターコートの襟を引き寄せる。意識せず早歩きになったところで信号機に行く手を止められた。斜め向かいのテレビ局のモニタには今朝のニュース番組が放送されている。メトロシティで起きた出来事や天気をタレントが明るい笑顔で伝えている。とはいうものの、頭の上に回る円環ホログラムを提示させている。それはエンターテイメント用の機体として開発され人気を博しためずらしいパターンだった。名前はなんだったかと、考えつつ今日も特に関心の持てる情報はないな、と思い、また早歩きで進む。いつもと変わらない静かな朝だ。


 閑散として見えるのは、このメトロシティが広範囲なため、道路も敷地もいちいち幅があるからだ。もう少し凝縮してくれても生活できるのでは、と黒澤は飽きずに思う。彼の出身がこぢんまりとした集落だったから余計にそう思うのだが。


 この都市はかつてロボット産業都市として栄えていたが、過激な企業競争や外から安価な商品がもたらされた影響の末に経済に深刻な打撃をこうむった。メトロシティだけではない。エリア内に広がっていった。都市の多くの企業が社員のリストラに踏み切り、その挙句に下請け企業なども相次いで倒産。日増しに治安も悪化し、街は荒れた。ロボット技術を悪用した強盗などの犯罪行為が多発したことから、多くの住人が自己防衛のために拳銃を握るか街を出るかの選択をすることになり、ほとんどが後者を選んだため、街のゴーストタウン化は止まらなかった。些細な落書きが放火などの犯罪に繋がり、浮浪者が蔓延る荒れた街だった。だが、この頃から笠原工業が台頭し、新たに警備オートマタ産業を築き上げたことから徐々に経済が上向きになっていった。値下がりしていた土地や空きビルを買い取り支社や子会社を取り込むことで雇用も増え、自社商品のおかげで治安も向上していったのだ。まさにメトロシティを救った企業といえる笠原工業だが、それを自作自演だと訴えるジャーナリストも少なくはなかった。確かに今でも、クリーンでない噂は絶えない。


 しかし通信まで復旧した現在も、当時の廃ビルや空き家、建設途中で放棄された道路やビルなどが街に残っており、全てを整備できてはいない。整備された大通りをひとつ脇道に入れば、とたんに廃墟に出くわすような街で、まだ浮浪者が住み着いていることもある。


 そしてメトロシティだけでなくエリア内の地域ではこれらが違法オートマタの拠点になりやすいことが問題視されている。違法オートマタは”制御しきれなくなって放棄されたもの”もしくは”改造に失敗したもの”や”犯罪のために製造したもの”がほとんどなので、非常に凶暴性が高い。

 そんな理由でエリア警察隊等とは別に特殊対応措置として設立されたのが事務局である。有料だが登録すれば個人でも法人でも活動ができ、業務案件はすべて事務局からの情報をもとに執り行われるようになっている。

 黒澤は、無料のものが好きではなかったから、このしくみが気に入っていた。有料にすれば変な業者の登録がなくなるからだ。先日、違法オートマタ一掃作戦が行われたが、それも事務局の要請で仕切られた作戦だった。たくさんの人員が集められた割には、いい成果があった話は聞かない。自分は参加していなかったが、先日ガレージに入ってきた新人は参加したという。話を聞いたが、彼は詳しい話は避けていたように思う。

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