湊と名乗る羽目になった男の話(4)

「こう考えてみよう。タダ働きでなく、勉強させていただくスタンスで挑むのはどうかね、新人の湊くん」

嫌味を込めて、琴平は告げる。


「こうも考えられるぞ。人はな、報酬があるから頑張れるんだよ。人助けサービスなんてごめんだね」

 湊と呼ばれた、ただの男はそちらも見ずに口元を釣り上げ皮肉げな笑みを浮かべる。

「では向かうぞ。まずはメトロシティだ」

「そして拓に会って、ウェティブの場所を特定してIDを取り返す。仕上げに笠原工業だ」

「ふむ。目標が明確なのはいいことだ。実現できるかどうかは別として」

「…なんでおれに水をさすことを言うかねぇ」


 半眼になりながら、荷物を肩にかけ悪態をつく。水をさしてくる理由はわかる。実態はあれど、自己データをオートマタに転送しながら移動できるウェティブ・スフュードン相手に有効な攻撃の仕方など今だに判明していないのだ。トカゲの尻尾切りのように、切っても切っても、本体からデータを転送してどこかで別の違法オートマタに成り代わる。本体のデータをぶち壊さない限りそれは続く。自分でパーツや人工筋肉を調達し、姿形を形成していくという機能が搭載されていると知ってからは、毎度ため息を飲み込むのだが、それが自分に起こり得たことだと思うのにももう飽きたところだ。


 今回の件はIDが戻れば100点。ウェティブを叩ければ120点。琴平工業へ繋がれば200点にボーナスがつくくらいのものだ。たとえ伊野田になり変わったウェティブに遭遇できたところで、それが本体のデータとは限らないのだから、失敗したらマイナス点である。湊は密かに嘆息しつつ、荷物を抱えた。

 

 静かな病院のエントランスで、世話になった女医に礼を伝えるようにお願いし、湊は琴平から車のキーを預かった。

「きみが運転で本当にいいのか?」少し心配そうに訊いてくる。いいのだ。

「ああ、訛った頭を起こしたいし、気分も変わるから。おれナビ苦手だし」


 納得したように助手席に乗り込む琴平には、「あんたが運転するとおれが車酔いするから絶対させない」という言葉は飲み込んでおいた。外は、晴れ。整備された道路以外は目立った建物もない。車に乗り込むと、優しいエンジン音をどこか懐かしみながら湊はハンドルを握った。目的地はこのエリア内で一番の都市、メトロシティだ。

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