笠原拓の話(3)

 彼は少しだけ、複雑な立場にいた。簡単に言うと事柄が複雑というよりも自分の中身が絡まりあっているだけである。それを解すには、原因を作っている奴に会う必要があるのだが、これがうまくいかない。まず、自分の手の届かない領域から、翻弄されている気があるからだ。そんな気持ち悪さがずっと自分を複雑にしている。まず違法オートマタ一掃作戦だ。


 あれは、事務局が力を入れて違法オートマタの拠点を文字通り壊滅させる作戦だった。エリア内で見つかった違法な工場や拠点をあぶり出し、業者が協力しあって捜査と対応をしていた。笠原工業からも警備用オートマタを提供したとあるが、それは表向きの顔だった。世間一般には、その笠原工業こそ違法オートマタを製造している会社であると知られていない。


 新機種の警備オートマタ製造に着手したと情報もあって、一掃作戦でそれを試しただけの可能性もある。そのあと複数の組織が摘発されたらしいが、そんな奴らは末端の末端で、今回の作戦を機に笠原工業から切られる連中だろう。笠原工業自体は痛くも痒くもなしに、自社の警備用オートマタを活躍させたおかげで世間から再評価されている。そんな動きがあったのに、対応が遅れた自分を呪いたくなる。

 

 笠原工業が動いた兆候も掴んでいたが馴染みの男に知らせる前に、その馴染みの男から先に連絡が入ってしまった。これまた馴染みの仕事仲間が身分をすっぽり奪われた挙句、偽物が現れたというのだ。笠原工業生まれのせいで、あれだけ苦労して手に入れたIDを奪われるなんて。しばらく会わない間に、あいつはどれだけマヌケな奴になったのかと冷やかしつつも、自分たちが追っている違法オートマタの影をあと一歩で踏めそうな局面にいるのだ。


 目星はついている。早急に連絡をとって確かめたいところだが、不安定な通信網の中で無理やり連絡をつければ、足が付く可能性がある。暗号化して送ることも考えたが、そちらのスキルは持ち合わせてないため、振り出しに戻る。彼らも素人ではないから、いまの自分の状況もわかるだろう。そう勝手に期待して今一息ついている。


 そもそもすり替わってから2週間ほどたっているのに、偽物が仕掛けてこない。それが今日か明日かもわからないが、今は焦るべきではない。こちらのミス一つで急速に破滅につながる。その失敗を見てきた。それに自分が違法オートマタに見つかるのも極力避けたい。見つかれば実家に強制的に連れ戻されるだろう。あの姉が自分を見つめる目を想像して彼は顔を伏せた。


 面倒なことしやがって、と悪態を誰に向ければいいのかわからないが、気を静めるようにコーヒーを流し込んだ。ゆるゆる波紋を泳がせるカップの中に、自分のシルエットが映る。なんて面倒なんだ、と反芻する。笠原は、誰よりも複雑で誰よりも「知っている」立場にいる自覚があった。あいつと違法オートマタの関係も。自分と笠原工業の関係も。早く全部なくなってしまえばいいのに、と考えつつ。ふと彼との初見を思い出す。窓の外を見る。反射したガラス窓に、昔の自分が写った気がした。

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